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2011年11月23日 (水)

主題 <キリストが私のうちに生きておられる> 

聖書箇所 ガラテヤ人への手紙 2章(2011年11月 8日)

今日のみことば「私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。」(20)

神の律法に生きることが人間としての正しいあり方ですから、この律法に生きなくてはならないと考えます。神の前における熱心とは、この律法主義に傾斜しやすいのです。しかもユダヤ教の世界であるエルサレムから来たキリスト教に熟知していない人々が信仰を支配しようとします。
 この律法主義の執拗なまでに攻撃的な生き方は、クリスチャンにとっても絶えず問われているのです。神の前に熱心に歩もうとするほど、律法に支配されて生きやすいのです。祈りや奉仕において、肉的に仕上げてゆこうと思いがちです。
 自己を十字架につけて、キリストが私の中で生きてくださる事こそ、勝利と安息のたましいの持ち主となる。心の中に、この平和を持たずには、十分に主を喜ばせることはできません。
 私がこの世に生きるのは、この私を愛してくださった方への愛の動機以外にありません。
 律法によって律法に死ぬ(19)という不思議なことばに心を留めたい。神の律法に照らし、全く行い得ない。この事実を認めることです。ここから、キリストが生きてくださる秘訣がはっきりとしてくるのです。