主題 <聞き従うことはいけにえにまさる>
聖書箇所 サムエル記第一 15章 (2012年10月30日)
今日のみことば「するとサムエルは言った。「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。」(22)
サムエルからサウル王に命じられたことはアマレク人を打つというものでした。そして、主の命じられるとおりに行動し始めるサウル王でしたが、アマレクの民を聖絶したが、王のアガクは生け捕りにし、さらには家畜の中でも良い物を惜しんで、値打ちのない物だけを聖絶するということをしました。
サウルはサムエルから、なぜ主の御声に聞き従わなかったのかと問いただされたとき、「私は主の御声に聞き従いました。主が私に授けられた使命の道を進めました」と言い切るほど、彼の心は頑なになっていた。そればかりか「いけにえをささげるために、聖絶すべき物の最上の物として、分捕り物の中から、羊と牛を取って来た」のだから、むしろ良いことをしたのではないか、と開き直っている(20、21)。
「私は罪を犯しました」と、ようやく悔改めのことばを口にしたサウルであったが、その後にすぐ「私は民を恐れて、彼らの声に従ったのです」という言い訳のことばが続くところをみると、その悔改めは場を繕うためのものでしかなかったように思われる(24)。実際、あくまで同行を求めてサムエルに食い下がるサウルの心にある思いは、王位から退けられたという深刻な事態にもかかわらず、「どうか今は、私の民の長老とイスラエルとの前で私の面目を立ててください」のことばのとおり、民の前に王としての自分の面目を保つことでしかなかったのである(30)。
私たちはみことばに対する不従順の罪の重さに気づく信仰者でありたい。