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2013年7月 3日 (水)

主題 <私にも悟りがある>

聖書箇所  ヨブ記 12章     (2013年5月14日)

今日のみことば「私にも、あなたがたと同様に、悟りがある。私はあなたがたに劣らない。だれかこれくらいのことを知らない者があろうか。」(3)

 ヨブがツオファルに対して応答しているが、いつしかヨブの苦難のことよりも議論の内容が中心に移ってしまったようだ。私たちも、時として議論のための議論に精神をすり減らして時間を使うことがある。
 ヨブを責める友のことばには、すっかりヨブが嫌気をさしている。だから、2節にある「確かにあなたは人だ。」、3節の「私にも、あなたがたと同様に、悟りがある。私はあなたがたに劣らない。だれかこれくらいのことを知らない者があろうか。」と応答したのである。そして、自分が友の思いやりあるいやしの言葉よりも、ヨブを責める正当性に傾いていることを悲しんでいる。その上で、だからこそ自分が友の物笑いとなっていることに痛みをもっているのだ。
 その痛みと悲しみを持つ友に対しては、ま心を置きたいのである。教える教師はいらない。正しいことで簡単に仕切る職員はいらない。
 なぜヨブは一層苦しみを深めるのか。正しい人が栄えることよりも、神を怒らせる者のほうが安らかなのだ。荒らす者の天幕は栄えていると見えることだ。こうした中で傷を負った戦士の訴えを聞いてほしいのだ。傷ついているヨブの痛みにいっしょに立ってほしいだけなのだ。
 かつては神を呼び、こたえられた聖徒が、今や自分より以下と思える人々に物笑いとなっていることに傷ついていたのだ。安らかそうな人間が衰えている者を踏みつけてとくとくとしている。だんだんヨブは獣のように陥り、人間的な思考を失っていく。
 感情で説き伏せようとする者へのヨブの応答に圧倒される。ここから他者への配慮、苦しむ者へのいたわりが大事かを学び取りたい。