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2013年7月 3日 (水)

主題 <心の中に宿る高慢>

聖書箇所 列王記第二  15章  (2013年 1月15日)

今日のみことば「主が王を打たれたので、彼は死ぬ日までらい病に冒され、隔離された家に住んだ。」(5)

 アザルヤ(ウジヤ王のこと)は52年間治めた、良い王の一人で、神中心に行なっていた国王でした。しかし、残念なことに、晩年に高ぶり、神に打たれたのです。
 人間にとって最も大きな敵は外ではなく、心の中に宿る高慢である。人間はことに祝福された時に誇るのです。彼は有終の美を飾ることができず、子どものヨタムが摂政として国を治めるのです。
 はじめは謙遜で、神と人に仕える人も、わずかな成功に、たちまち自分の持っている本当の姿を、正体を暴露してしまう人がいる。
聖書はよくよく高ぶりに警告をしている。「高ぶりは滅びに先立つ」と教えます。ミカ書にも、神とともにへりくだって歩むことこそ、神が一番求められている信仰だと教える(ミカ書6章8節)。
 パウロはその晩年においても、使徒として高ぶらず、「われ、わが走るべき道のりを終え、…栄光の冠が待つ。」と最後まで完走したのです。凡人の私たちにとってはなおさらよく注意し、謙虚で主の導きを求める信仰に歩むことにより、高慢に陥る病気から勝利すべきです。

<祈り>主よ。高慢にふるまう自分の罪に気付かせてください。罪のさばきのしるしを背負いつつ生きるのでなく、恵みのしるしに生きられるよう導いてください。