主題 <御霊の働き>
聖書箇所 コリント人への手紙第二 3章(2011年10月27日)
今日のみことば「私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。」(18)
3章では、パウロの自己推薦について書き始められています。当時、パウロに推薦状がなかったということで、パウロを非難した人がいたようである(1)。しかし、パウロは「私たちの推薦状はあなたがたです。」(2)と言いました。つまりは、コリントの地に福音を語り、そのことによって形成されたコリント教会が自分を推薦していると言いました。パウロによる福音宣教の結実として教会が建て上げられたことがその証拠であると示したのでした。
そして、パウロは御霊の務め、働き(8、18)について語り出しました。栄光ある御霊の務めとは、キリストの救いの福音を伝える働きを指し、かつて律法には栄光はあったが(7)、律法では人を罪に定め、死に導くのみで、救うことができなかった。しかし、福音は御霊によって人を救いに導き、義とし、生かしてくださった。この御霊の務めにパウロは召されていることを示されました(5)。さらに、律法は、人の心にかかったおおいを取りのけることはできなかった。この心のおおいが取り除かれるとは、人が御霊によって新しく生まれることで(ヨハネの福音書3:3参照)、御霊によって生まれた人は御霊にあって、「主と同じかたちに姿を変えられて行きます。」とあるように、造り変えられていくことであることを教えられました。
私たちは主を信じ、神の子とされる特権を頂いているが、しかし、なお神の子にふさわしくない一面ももっている。そのような私たちは、絶えず、御霊の働きの中で、取り扱われ主と同じ姿にまで変えられていく必要がある。この歩みが聖化の歩みであり、日々の歩みの中にある恵みの営みでもあることを覚えたいと思います。