主題 <土の器の中の測り知れない力>
聖書箇所 コリント人への手紙第二 4章(2011年10月28日)
今日のみことば「私たちは、この宝を、土の器の中に入れているのです。それは、この測り知れない力が神のものであって、私たちから出たものでないことが明らかにされるためです。」(7)
パウロは2章に続き、自己推薦をしている。パウロは福音宣教により教会が建て上げられていく、この中に御霊の働きがなされ、人々がキリストにあって造り変えられていくという働きを見ることを語り、このために召されていることをパウロは自己推薦しました。パウロはその働きに召された者であることを「私たちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリスト・イエスを宣べ伝えます。私たち自身は、イエスのために、あなたがたに仕えるしもべなのです。」(5)と言いました。
7節以降では、この福音に仕えるパウロは弱い、もろい存在であること「土の器」のような者であることを語り始めます。主に仕える働きはさまざま苦難を経験することがあることに触れますが、しかし、それを悲観的には受け止めていなかったことが分かります(8~12)。苦難に遭うと、多くの人は戸惑い恐れ、主に従うことから後退していってしまうことがありますが、苦難を、キリストの素晴らしさを知る機会とする人は、これにまさる幸いであることを覚えたい。まさにパウロはその幸いを見続けてきた人だったと言えよう。パウロは、土の器にすぎないような私たちであるが、そのうちには神の栄光を見る知識に満たされた、測り知れない力が与えられている(6~7)と言い励ましを与えている。
だから、パウロは「勇気を失わない」(1、16)と2度も言い、全幅の信頼を神に置き続けました。16節「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。」と言われています。パウロはからだの衰えを感じ、それは私たちも同様で、外なる人は衰えていく者である。しかし、これに反比例して内なる人は日々新たにされていくことがパウロを支えていたのである。主との交わりを深め、成長し、キリストに似せられていくまで変えられていく。これにまさる祝福はないことを覚え、今日も一歩前進させて頂きたいと思います。