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2011年11月23日 (水)

主題 <神の和解の恵み>

聖書箇所 エペソ人への手紙 2章(2011年11月14日)

今日のみことば「キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です。敵意とは、さまざまの規定から成り立っている戒めの律法なのです。このことは、二つのものをご自身において新しいひとりの人に造り上げて、平和を実現するためであり、 また、両者を一つのからだとして、十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました。」(14~16)

 1~10節では、パウロは、救われていない人間の状態と、その人間に対する神のあわれみと恵みを語っている。
パウロはかつてのエペソの教会の人々がどのような状態から救われたかについて改めて語っていく。かつては、死んでいた者であって(1)、空中の権威を持つ支配者に従って歩み(2)、肉と心の望むままを行なっていたために、神の御怒りを受けるのが当然の状態であった(3)。
しかし神のあわれみは、ご白身の御子を世に遣わされ、御子の十字架のあがないによって救いを完成された。パウロはこの救いのみわざを語る際に、二度までも神の「恵み」によると語り、恵みを強調している(5、8)。また、救われた者をご自身の作品とするばかりではなく、よい行いをもあらかじめ備えてくださったと教えている(10)。
 11~22節でパウロは、エベソの人々に与えられた和解について語る。
 まず、パウロは、異邦人であるエペソの人々は、神の約束の契約の観点から言えば無割礼の者であり、神もない除外されていた(11~12)。
 しかし、パウロが明らかにするのは、キリスト・イエスにあって、今はイスラエルと異邦人との間にあった隔ての壁は取り払われ、さらには、キリストの十字架は、神と人との間に和解をもたらしたということを強調して語りました。(13~16)
 パウロはこの和解の御業の証人としてイスラエル人、エペソ人のキリストにある交わり、教会の交わりがその恵みを明らかにしていることを語りました。異邦人も神の民とされたこと、また彼らが全体として、キリスト・イエスを礎石として、使徒と預言者を土台とする、主にある聖なる宮となったということを改めて教えられたのでした。(19-22)。