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2012年5月10日 (木)

主題 <悪が良い計らいへと変わる>

聖書箇所 創世記 50章     (2012年 4月 9日)

今日のみことば「あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのための計らいとなさいました。それはきょうのようにして、多くの人々を生かしておくためでした。」(20)

 創世記の最後、50章では、父ヤコブの死を悼み、かつての遺言の通りに、ヨセフはカナンの地にヤコブの遺体を運び、アブラハムが買い取ったマクペラのほら穴に埋葬した。エジプトに定住するようになった父ヤコブは大変大きな存在であった。そのためヤコブの死に際し、ヨセフは非常に大きな悲しみの中、喪に服した。けれども父の遺言の通りに行い、最後まで父ヤコブに誠実を尽くした。
 父ヤコブの死は、少なからず兄弟たちにも動揺があった。しかし、その動揺は、ヨセフが兄弟に対して報復するのではないだろうかという恐れからくるものであった。そこで、兄弟たちは一計を案じ、父ヤコブが兄弟たちを許すようにという遺言を残していたと言って、ヨセフに言い聞かせようとした(16~17)。
 それに対して、ヤコブはかつて兄弟たちに言った通りに答えている(20、45:5)。それも優しく、慰めるように語りかけている(21)。ヨセフは兄弟たちがかつて行ってしまった罪にさいなまれている姿を感じ取り、配慮して、もうすでに赦していることを改めて伝えた。
 罪を犯してしまったことは、容易に消えることではなく、人を苦しめることも、罪の連鎖ともなることがある。ヨセフは兄弟たちが今もなお犯した罪に苦しめられているのを感じ、泣いたのだった(17)。しかし、それにも増してヨセフは慰めと愛をもって語りかけ、共に生きることを約束している。ヨセフが兄弟たちに示した和解はキリストの和解の型であると言われている。
 創世記の最後には、その神の備えて下さっている豊かな和解の姿で閉じられている。神の下さる和解の恵みに感謝したいと思う。