« 主題 <その時、主の栄光が幕屋に満ちた> | メイン | 主題 <穀物のささげもの>  »

2012年5月22日 (火)

主題 <全焼のいけにえ>

聖書箇所 レビ記  1章     (2012年 5月23日)

今日のみことば「もしそのささげ物が、牛の全焼のいけにえであれば、傷のない雄牛をささげなければならない。」(3)

 レビ記は律法文の印象を受けるが、決してそうではない。レビ記のへブル語聖書の題名は1章1節の「神はモーセを呼び寄せ」をそのまま書名としている。レビ記と呼ぶようになっている70人訳聖書のときからそのようになった。つまり、レビ記は神がモーセに語られたストーリー性をもった書物である。そして、現代の私たちも主の語られたことをいかに聞くかが問われていると言える。
全焼のいけにえは、ささげられた家畜や鳥のすべてが、祭壇の上で焼かれた。それは、「主へのなだめのかおりの火によるささげ物」であった(9、13、17)。このいけにえは、ささげる者の、神に対する全き献身を意味した。本来、いけにえとは高価な動物だったのである。すなわち、人間の罪を贖うことは決して安価なことではないことを意味している。神の御子イエス・キリストは、最も高価で、完全な、全焼のいけにえであった。
 レビ記に書かれているそれぞれのいけにえは、完全ないけにえである主イエスの、ある一面を表していた。その類似点を以下のことである。
 全焼のいけにえは、傷のないものであった。これは主イエスが罪のないお方であったことの象徴であった(Iペテロ1:19)。また全焼のいけにえはそのすべてがささげられた。主イエスは、私たちを救うために、同様に、全焼のいけにえとして、すべてをささげてくださったのである。
 今日、全焼のいけにえを覚え、主イエスが、全人類を救うために、すべてを神にささげてくださったことを感謝し、私たちも、私たちのすべてを神にささげよう(ローマ12:1)