主題 <祝福とのろい>
聖書箇所 申命記 28章 (2012年 8月21日)
今日のみことば「あなたは、私が、きょう、あなたがたに命じるこのすべてのことばを離れて右や左にそれ、ほかの神々に従い、それに仕えてはならない。」(14)
28章には主に従う者の祝福と不従順の者へののろいが記されている。
3~6節は一つの区分となっていて、ヘブル語の原文では、六つの「祝福される」という言葉が文頭に用いられている。
神の民は、どこにあっても祝福され(3)、胎の実である子どもも、地の産物も、家畜も祝福される(4)。収穫を入れるかごも、パンをこねるこね鉢も祝福される(5)。7節では、敵に対する勝利、8節では、収穫と動労の祝福が約束されている。
これらの祝福の条件が、1節と共に、9節にも提示されている。それは、主の命令を守り、主の道を歩むことにほかならない。そうするなら、神はイスラエルを、ご自身の聖なる民として立ててくださる(9)。その結果、諸国民は神の民を恐れるようになる(10)。
11~13節では、再び、約束の地における様々な祝福が、告げられている。物質的に恵まれることは、神の民にとって確かに大きな祝福であるが、神の民とされ、神を知り、神を礼拝できるという霊的な祝福にまさるものはないのである。
15節以降には、前述されていた祝福とは正反対ののろいについて記されている。神の民が、主の御声に聞き従わず、主のすべての命令を守り行わないなら、多くののろいがもたらされるということを明確に語られている。祝福の記述よりものろいの記述の方が4倍のスペースを用いて28章では記されている。これはいかに神の民が主に従順に歩むことができるように警告し続けている神の配慮がなされていると言えよう。