« 主題 <悲しみと喜びが入り交じる> | メイン | 主題 <神殿の再開が始まる> »

2013年7月 3日 (水)

主題 <迫害者に屈することなく>

聖書箇所 エズラ記  4章     (2013年4月 4日)

今日のみことば「すると、その地の民は、建てさせまいとして、ユダの民の気力を失わせ、彼らをおどした。」(4)

神の神殿の再建が始まります。この神殿の礎が据えられ時に、民たちは大きな喜びに満たされたのでした。しかし、工事の計画が推進されるよりも、妨害者たちが現れてきたのです。
彼らは、最初、友好的な姿勢で神殿再建の協力者となりたいと申し出ますが、彼らは同じイスラエルの神を礼拝していると口では言いつつも、実際はアッシリヤとの戦いの折に他国から連れてこられた者たちで、自分たちの信じる神を持っており宗教混合のような者たちでした。かつてのバアルやアユタロテなどの偶像に引き回されたユダヤ人は、決して過去には戻ろうとしません。人間的な援助が、大きな取り返しのつかない失敗になることを知っていたのです。
ゼルバベルとヨシュアは「あなたがたと私たちとは何の関係もない」(3)と断った。このことが契機となり、神の民たちはおどされ、議官たちは買収されるなど狡猾な妨害工作に発展します。工事はダリヨス王の治世の第二年まで、およそ16年間中止させられる(24)。
 神殿再建というすばらしい事業に携わっているのになぜ妨害があるのだろうか。もし、ゼルバベルたちが全面的に拒否するのではなく、上手に合わせていれば強力な妨害に発展しなかったのではないかと考えるのは間違いであることを確認したい。ゼルバベルもヨシュアも神殿再建は神の民として行なう事業であり使命であることを覚え正しい選択をしたのであり、そのために妨害行為が起こるが、妨害行為が問題ではない。大切なことはどのような困難、問題が生じても、神の御心を求め完遂しようという姿勢である。今も、サタンは人が神の祝福にあずかれないように働いている。私たちは、目を覚まして主の働きに敏感でなくてはならないのです(Ⅰペテロ5:8)。