主題 <ヨブの過去を回想する言葉>
聖書箇所 ヨブ記 29章 (2013年5月31日)
今日のみことば「ああ、できれば、私は、昔の月日のようであったらよいのに。神が私を守ってくださった日々のようであったらよいのに。」(2)
ヨブの過去を回想する言葉である。試練に会う前の家庭と生活の充実ぶりを思い返すことも許されるだろう。過去の幸福な日々の回想である。
ここに記されたヨブの全盛期は、なんという素晴らしいものであったろうか。ヨブにとって人生は心地よく、周囲の人々は彼の威光を受けて、ヨブを快活なものにしていたのだ。
第一に、神にある祝福を受けていたことを実感させてくれる。2-5節には、日常生活の中に神との親しい交わりがあったことがわかる。私たちの生活は、神によって支えられ、祝福されることによりのである。
第二に、ヨブの仕事や社会的な立場がしっかりと確かに与えられていたことである。ヨブは人々に一目も二目もおかれた立場だった。
第三に、弱者を顧みて、惜しみなく援助をしたのだ。15-16節には、私が盲人の目となったという。足の不自由な者の足をなったという。これほどに東方一の富める人物が、貧しい、どん底にいる人々の友となったのである。
しかし、今は、貧しく、病み、衰えている。しかし、しかしである。だからこそ、人生を深く潜るようにして浅瀬の川の流れと違い、川音を立てないが、深く深く流れる川となっているのだ。華やかではないが、それだけに深淵の豊かな人格が培われているのだ。花咲く春と違い、秋の結実を待つ果樹の時なのだ。人々が忘れているように見えるが、神はそばにいる。