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2013年7月 3日 (水)

主題 <信仰の滅びを招いたヨタム>

聖書箇所 歴代誌第二   27章  (2013年3月22日)

今日のみことば「ただし、彼は、主の神殿に入るようなことはしなかった。民はなお滅びに向かっていた。」(2)  
 ヨタムは、比較的短い統治であったが、歴代誌には列王記にはない、彼の事業についての、二つの点の記録がある。
一つは、防備について、あるいは町々の建設である(3、4)。二つめは、アモン人との戦いと勝利である(5)。王たちの戦いは、基本的には主の力による。「打ち勝った」は(5)、「勢力を増し加えた」という語と同じである(6)。ヨタムの父祖たちが、王に即位している際に、神の力が与えられて王の務めを為したのと同様に、彼も主によって勝利し、また貢ぎ物を得て力を増した。列王記には、王の建設事業や経済活動について、ダビデとソロモンを除いては、ほとんど記録がない。しかし歴代誌を見ると、模範的な王であった彼ら以外にも、主から力が与えられ、王として事業を拡大し、物質的繁栄を国にもたらせた者たちがいたことがわかる。ヨタムの事業はアマツヤやウジヤと重なる部分がある。それぞれ完璧な父祖ではなかったが、ヨタムは彼らの信仰の良い面を受けた。ヨタムには残念な点もあった。それは「ただし、彼は、主の神殿に入るようなことはしなかった。民はなお滅びに向かっていた」という点である(2)。神殿に入らなかったのは、王が偶像を拝する場をむしろ好ましいとしたからだった(Ⅱ列王15:35)。彼の時代、国は繁栄したが、民は滅びに向かった。その滅びとは信仰の滅びのことである。ウジヤの時代には、彼を支える側近がいた。一方、ヨタムを信仰の面で支え、時に苦言を与える者は、周囲にいなかった。偶像崇拝に伴う人間的な好ましさを求めたことは、神の民の信仰を弱らせ、それは信仰以外の面にも強い影響を与えたのだろう。