主題 <地の果てからの祈りを聞かれる主>
聖書箇所 詩篇 61篇 (2013年8月13日)
今日のみことば「私の心が衰え果てるとき、私は地の果てから、あなたに呼ばわります。どうか、私の及びがたいほど高い岩の上に、私を導いてください。」(2)
この詩篇の背景に、ダビデは、血を分けた自分の息子のアブシャロムに背かれ、殺されそうになり、ユダの荒野に逃げてきたと思われる。ダビデは衰え果ててしまい、苦しんだであろう(2)。
人は危機的な状況に追い込まれたとき、心が衰え、祈ることもできず、神の恵みも遠く感じられ、「地の果て」に落ち込んでしまいがちである。しかしダビデはその地の果てから、衰え果てる心を打ちたたいて、なおも主を呼び求めた。「この霊的どん底状態から引き上げてください。私はあなたに身を避けます」という必死の祈りである(2)。彼の本当の願いは「私は、あなたの幕屋に、いつまでも住み、御翼の陰に、身を避けたいのです」であり(4)、いつも主の御前にいて、主との豊かな交わりの中に、主と共に生きたいという、切実な求めの祈りであった。私たちは苦しみや悲しみ、様々な試練に会うとき、その苦しみから助け出してくださいと祈りやすい。しかし本当に私たちが祈り求めるべきことは、自分自身のたましいが、主との交わりの中で、主と共にいることであり、また信仰と忍耐によって、その試練を乗り切っていくことではないだろうか。
ダビデは、息子の謀反という耐え難い試練に立たされ、荒野に逃げたが、その地の果てから主に叫び求め、ひたすら祈った時、主はそれを聞いてくださった。彼は心から主の御名をほめたたえ、主に誓いを果たす決意を新たにしたのである。
私たちもどのような状況にも祈りは届いているという確信をもって祈る者となりましょう。