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2011年11月 3日 (木)

主題 <完全な者となりなさい> 

聖書箇所 コリント人への手紙第二13章(2011年11月 6日)

今日のみことば「終わりに、兄弟たち。喜びなさい。完全な者になりなさい。慰めを受けなさい。一つ心になりなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神はあなたがたとともにいてくださいます。」(11)

 パウロは三度目のコリント訪問を前にして、一つのことを心に決めていました。もしまだ罪を犯している者かおり、証人によってそれが確認されたならば、いわゆる戒規を、容赦なく執行しようという決意でした。戒規の目的は、罪を犯している人が、その罪を悔い改めて神に立ち返り、信仰の道を歩むように励ますことにある。パウロはこれまで、罪を犯している人たちに警告してきたが、彼らはパウロの警告をキリストからの警告として真剣に受け取っていなかった。そこで今度は、キリストの警告である証拠として、処罰を断行することを前もって述べている。
私たちには自らの吟味が必要である。人から指摘される前に、各自が自分自身の心と歩みを振り返って、罪がないか、主のみこころからはずれていることはないかを点検することは、キリスト者の義務である。キリストを内に宿している人は、そうすることができるはずである。自己吟味こそ、聖化の道をたどるために不可欠である。
パウロはキリスト者の目標を明らかにしている。積極的な表現をすれば、「完全な者となる」ことであり(9、11)、消極的な表現をすれば「どんな悪をも行なわない」ことである(7)。キリスト者はすべてにおいて、神のみこころにかなう、正しい行ないをするように召されている。パウロは、彼らがこの目標に向かって歩むことによって、彼が彼らに厳しい処置をとる必要がないことを願っていた。この目標に向かって歩むとき、愛と平和の神が共にいてくださると約束されている。
 コリント人への手紙第二を見てきた中で、改めてパウロがコリント教会の信徒たちを愛し、時には厳しく訓戒してきたが、このパウロの関わり方のうちに練られたキリスト者の姿を見たように思うのです。私たちもキリストにあって、「完全な者」になりなさいとのみことば応答する者、従う者とならせて頂きたいと思います。