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2011年11月 3日 (木)

主題 <キリストのうちにあるなら>

聖書箇所 コリント人への手紙第二 5章(2011年10月29日)

今日のみことば「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」(17)

 パウロはこの地上において歩む中で、「天にある永遠の家」(1)と言っているように、天の御国を見上げて希望をもって歩んでいりたことが伺えます。パウロはその御国につながっている「その保証として御霊を下さいました。」(5)と言い、さらなる確信が与えられて歩んでいたことが分かります。さらには、「確かに、私たちは見ゆるところによってではなく、信仰によって歩んでいます。」(7)と言い、このことばはパウロ自身の確信の伴った告白でもあり、さらにはコリント教会の信徒たちに訓戒するように勧められたことばでもありました。このようなパウロの姿勢に、今日の私たちも学ばなくてはならない面が多くあるのではないでしょうか。そして、パウロがそうであったように、苦しみの時にこそ、天の御国を見上げ、信仰によって前進していくことが出来るように祈っていきたいと思います。
 パウロは5章の後半で、キリストのものとされ、キリストにあって生きることの恵みを思い振り返るように語っています。かつてのパウロは律法に精通し、自分は神の選びと救いにあずかっている者という自覚があったが、しかし、それはいつしか人間的な標準(16)で救済を理解するという、むしろ本当の救いには至らないことに気づかされていき、それは復活の主にお会いしてから、さらには御霊なる神の働きによって真理が示されていく中で、キリストの贖いこそが罪の赦し、真の神との和解をもたらされることを確信に至りました。今、パウロはこのキリストの和解の使者として召され、この福音に仕える者とされたことを改めて確認するように語っています(20~21)。
 キリストにあって生きる者の姿はパウロが言っているように、すべては「キリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。」(17)という一言に尽きるのではないでしょうか。今からも新たな歩みを備えてくださる主に感謝し筒歩ませて頂きたいと思います。