主題 <神は喜んで与える人を愛してくださる>
聖書箇所 コリント人への手紙第二 9章(2011年11月 2日)
今日のみことば「ひとりひとり、いやいやながらでなく、強いられてでもなく、心で決めたとおりにしなさい。神は喜んで与える人を愛してくださいます。」 (7)
マケドニア地方の教会にあっていち早く、エルサレムの貧しい聖徒のために献金を始めたコリント教会は、諸教会に良い影響を与えました(2)。そのような中で具体的に献金をささげていく上で重要なことを確認するように勧めました。
パウロは献金を、種蒔きと刈り取りにたとえて教えられました。種蒔きと収穫は、世界中で見られる営みである。ここでは、蒔くこととは献金することであり、刈り取りとは神が霊的祝福を与え、物質的必要をも満たしてくださることとして教えられました(8)。種を蒔かなければ、刈り取ることはない。一般的に多く蒔けば多く刈り取り、少し蒔けば少し刈り取ることになるが、これは献金にも適用できる原則として示されました。
また、献金は「強いられて」するものではないことを教えられました。献金は各自が「心で決めたとおりに」するもので、外から強制されるものではない。献金は自発的に「自ら進んで」するものである(8:2)。パウロはコリント教会に献金することを命令していたわけではありませんでした(8:8)。彼らが進んで始めたことを成し遂げるようにと、励まして勧めています。時として献金を献げていくときに奨励する人の働きが必要なことがあり、具体的な祈りと共に励ましていくことが重要であることを教えてくれています。
また、献金はいやいやながらささげたり、「惜しみながら」するものではないことを教えられました(5)。献金するときに、私たちの心にある、神への感謝と喜びを確認することはたいせつなことである。
また、献金は「義の実」(10)と言われている。種を蒔く人は、収穫したものの中から、次に蒔く種を充分確保することができる。同様に神は、献金という行為をを祝福して、さらに豊かな感謝と善行へと導き、ささげる者の義の実を増やしてくださるのである。
改めて、私たちも主に献げる献金について確認したいと思います。