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2013年1月16日 (水)

主題 <知恵ある女によって>

聖書箇所 サムエル記第二 20章 (2012年12月 5日)

今日のみことば「私は、イスラエルのうちで平和な、忠実な者のひとりです。あなたは、イスラエルの母である町を滅ぼそうとしておられます。あなたはなぜ、主のゆずりの地を、のみ尽くそうとされるのですか。」」(19)
イスラエル(北)とユダ(南)の、王の取り合いは、内戦の危機をはらむ事態へと発展した。イスラエルの人々はダビデから離れてシェバに従い、ユダの人々はダビデに従った(2)。ダビデは新将軍アマサに、戦いに備えて三日間でユダを召集するように命じたが、期限に間に合わなかった。そこでアビシャイに命じて、直ちにシェバを追跡させた。途中、アマサが突然彼らの前に姿を現した。ヨアブはアマサに挨拶するようなふりをして近づくと、剣でアマサの下腹を刺して殺してしまった(10)。ヨアブはかつての自分の立場を占めているアマサに恨みを抱いていたのであろう。アマサが倒れているのを見て、民は当惑し、歩みを止めたが、やがてヨアブの後につき従って、ビクリの子シェバの追跡を再開した。
シェバはイスラエルの全部族を経由しながら(恐らく戦いに備えての打ち合わせをしながら)、国の最北端にあるアベル・ベテ・マアカに入った。ヨアブたちは町を包囲し、塁を築いて城壁を破壊しようとした(14、15)。そのとき、町から一人の「知恵のある女」が叫んで、ヨアブとの交渉を求めてきた。彼女は、「イスラエルの母である町」をなぜ滅ぼそうとするのかと問い、ヨアブが、自分たちの求めているのはシェバという一人の男だけだと答えると、女は、シェバの首を取って来て城壁の上から投げ落とした。内戦の危機は解消し、王の統治が安定し、統治のための組織もさらに整えられていった(23-26)。
知恵ある女のように何ができるかということを考えよう。

主題 <顧みる人はいないか> 

聖書箇所 サムエル記第二 19章 (2012年12月 4日)

今日のみことば「それで今、立って外に行き、あなたの家来たちに、ねんごろに語ってください。私は主によって誓います。あなたが外においでにならなければ、今夜、だれひとりあなたのそばに、とどまらないでしょう。」(7)
 息子を失った悲しみの中に閉じこもるダビデの姿は、民をひどく戸惑わせた(1、3)。ヨアブは「王のために忠誠を尽くし、勇敢に戦い、勝利をもたらした民の功労を顧みることもなく、ただわが子の死を嘆くのであれば、結局のところ、王にとって大事なのは自分の家族だけだということを明らかにしているようなものだ。今すぐ、民を顧みなければ、民はみな王から離れ去って行くであろう」と進言した。ダビデはそれを受けて再び立ち上がった。
 ダビデはアブシャロム側についた民を迎えるように命令し和解の手を差し伸べた(11~12)。また、ヨアブに代わって、敵の将軍だったアマサを軍団長とすることを決め、王の命令を無視して息子を殺したヨアブの不遜に報いた(13)。逃げる途中で、王にのろいのことばを浴びせ、一行に向かって石を投げたベニヤミン人シムイが、ひたすら赦しを乞うた。ダビデをのろったシムイを死に定めようとするアビシャイに、王は、これは自分の問題で彼には関わりがないこと、凱旋の日に人を殺すべきでないことを告げて、シムイを寛大に処遇した。メフィボシェテが不自由な体を押してダビデを迎えてきたの見て、かつてツィバにすべての土地を与えるとしていたのを二人で折半するように変更した(29)。マハナイムでダビデに仕えたバルジライにはその功績をたたえ都に同行するように求めたが高齢を理由に断り、代わってキムハムを同行させてくださるように願った(34~37)。ダビデはそれぞれの人々に正しく報いようと行動したのだった。
 今日、私たちも顧みるべき人がいないか考えましょう。

主題 <和解すべきだったのに>

聖書箇所 サムエル記第二 18章 (2012年12月 3日)

今日のみことば「すると王は身震いして、門の屋上に上り、そこで泣いた。彼は泣きながら、こう言い続けた。「わが子アブシャロム。わが子よ。わが子アブシャロム。ああ、私がおまえに代わって死ねばよかったのに。アブシャロム。わが子よ。わが子よ。」」(33)
  ダビデは息子アブシャロムと戦うこととなった。ダビデはこの戦いに積極的になれないのは、父と子が争うということに困惑し、戦う相手が同じイスラエルの民であるゆえに、なるべく被害を最小限度にしたい思いがダビデにあったが(5)、その戦いの結果はイスラエルの民が多く死に、息子アブシャロムは頭が樫の木に引っ掛かり宙吊りになったところをヨアブによって死ぬという悲惨なものであった。
 老練なヨアブは、この勝利の知らせが、王を喜ばせないことをよく知っていた。それで彼は、王のためにと一途に思う若者アヒマアツを伝令に走らせたくなかったのである。代わりにクシュ人(エチオピア人)が送り出されたのであるが、アヒマアツの方が、先にダビデのもとに行き着いてしまった(23)。
 アヒマアツが喜びいっぱいで報告した勝利の知らせに、王は期待したような反応を示さず、「若者アブシャロムは無事か」と聞いた。ヨアブの忠告の意味をとっさに悟ったアヒマアツは、その件について自分は何も確かなことを知らないと告げた。遅れて着いたクシュ人から、控えめな表現ながらアブシャロムの死が伝えられると、「王は身震いして、門の屋上に上り、そこで泣いた」。彼は息子の名を呼び続け、自分が彼に代わって死ねばよかったとまで言って死を惜しみ、王としての立場を忘れて悲しみの中に閉じこもってしまった(33)。
 もっとも身近な親子の関係に和解がもたらされていたなら、民を巻き込んでこれほどの大きな痛みにはならなかったであろう。今日、私たちも和解すべき人がいるならば速やかに和解することができるように祈ろう。

主題 <主が決めておられたゆえに>

聖書箇所 サムエル記第二 17章 (2012年12月 2日)

今日のみことば「アブシャロムとイスラエルの民はみな言った。「アルキ人フシャイのはかりごとは、アヒトフェルのはかりごとよりも良い。」これは主がアブシャロムにわざわいをもたらそうとして、主がアヒトフェルのすぐれたはかりごとを打ちこわそうと決めておられたからであった。」 (14)  

 アヒトフェルによってダビデの追撃が始まった。アヒトフェルの作戦は、まだ遠くまで行かないうちに追跡し、急襲して王を討ち取れば、民はアブシャロムにつくようになるというのである。 
 ところがアブシヤロムは、何を思ったか、もう一人の参謀フシャイの意見を求めた。フシャイはまず、アヒトフェルの作戦の問題点を指摘し、危惧される事態を挙げて、聞き手に不安を起こさせ、その上でことば巧みに自説を展開した。彼は、ダビデとその家来たちの勇猛さと戦略家としての巧妙さを強調し、もし民の中に戦死者が出るようなことになれば、士気が一気に低下して、たちまち戦意を失うことになる。むしろ全イスラエルに召集をかけ、アブシャロム自身が大軍を率いて戦いに臨み、ダビデたちを数で圧倒して、残らず滅ぼすのが得策だと主張した(7-13)。フシャイはダビデたちが安全な場所まで逃げのび、戦いに備えるゆとりが与えられるように、少しでも多く時間を稼ぐことを意図していたのであるが、アブシャロムと民が採用したのは、何とフシャイの作戦の方であった。「主がアヒトフェルのすぐれたはかりごとを打ちこわそうと決めておられたからであった。」(14)以前、アヒトフェルがアブシャロムの謀反に加担しているという知らせを受けたダビデが、とっさに祈った、「主よ。どうかアヒトフェルの助言を愚かなものにしてください」(15:31)という祈りを主は確かにお聞きくださり、お応えくださった瞬間だった。

主題 <主にゆだねて生きる> 

聖書箇所 サムエル記第二 16章 (2012年12月 1日)

今日のみことば「ダビデはアビシャイと彼のすべての家来たちに言った。「見よ。私の身から出た私の子さえ、私のいのちをねらっている。今、このベニヤミン人としては、なおさらのことだ。ほうっておきなさい。彼にのろわせなさい。主が彼に命じられたのだから。」(11)

 ダビデたち一行にツィバがもたらした糧食は、どれほどありかたいものであったろうか(1、2)。ツィバはメフィボシェテの裏切りのことばをダビデに伝えた(3)。ダビデはツィバのことばの真偽を詮索することなく、即座にメフィボシェテに与えた土地をツィバのものとすると告げた(4)。
 サウルの家のシムイの仕打ちは、どれほどダビデたちを打ちのめしたことであろう。彼はダビデをのろい、石を投げつけながらしつこくついて来た。かつて油注がれた王であるサウルに手を下してはならないとダビデに制せられたアビシャイは、王にのろいのことばをぶつけてくるシムイは当然罰せられるべきだと考えたが、ダビデは「彼にのろわせなさい。主が彼に命じられたのだから」と言って、はやるアビシヤイを制した。ダビデは、今は主の御前にへりくだる時だと考えたのであろう。主の力強い御手の下にへりくだる者を、主はちょうど良いときに高くしてくださるという信仰を、彼は控えめながら言い表している。
 フシャイはダビデの指示に忠実に従い、エルサレムに到着したアブシャロムを「ばんざい」の連呼で迎えた。アブシャロムからその無節操ぶりを指摘されると、アブシャロムに仕える意志を大胆に表明し、彼の信頼を得た(16-19)。ダビデのそばめのところに公然と入るようにとのアヒトフェルの助言は直ちに実行に移され、ナタンの預言のとおりになった(21、22)。

主題 <たった一言の主への求めの祈り>

聖書箇所 サムエル記第二 15章 (2012年11月30日)

今日のみことば「ダビデは、「アヒトフェルがアブシャロムの謀反に荷担している」という知らせを受けたが、そのとき、ダビデは言った。「主よ。どうかアヒトフェルの助言を愚かなものにしてください。」(31)  

 ダビデとアブシャロムの拝謁は一見問題解決に至るかに見えたが、アブシャロムの思いはそこにあったのではなく、彼はダビデに変わって王となる目的のために動き出す一歩であったことが分かる。 
 アブシャロムは民の注目を集めさせ民の心を盗み(6)、4年の歳月をかけてダビデに反旗を掲げる準備していき、ついにヘブロンで王となったと言わせダビデに反旗を振りかざすこととなった。
ダビデはアブシャロムの謀反に、民たちもなびいていくことを見てエルサレムから逃げることを決断する。かつてはサウル王に追われ、次には自分の息子アブシャロムに追われることになるという悲しい人生をたどらなければならなくなったダビデの姿から私たちは学ばなくてはならない。これもダビデの罪と正しく判断しさばくことをしないできダビデでの弱さから始まっていたことであった。
泣きながら、頭をおおい、オリーーブ山を裸足で登るダビデたちの姿はあわれであった(30)。彼らは「あてどもなく旅を続ける」ことになるかもしれなかった(20)。知者アヒトフェルが、謀反に加担していることを知ったダビデは、直ちに「主よ。どうかアヒトフェルの助言を愚かなものにしてください」と祈った(31)。その祈りの答えであるかのように、アルキ人フシャイがダビデのもとに来た。ダビデは彼に、「アヒトフェルの助言を打ちこわす」者となり、王宮の情報をツァドクとエブヤタルに知らせるように依頼した(34、35)。こうして主は、ご自身にゆだね切ったダビデのために、助け手を備えられた。
逃亡生活の中に一言の祈りであるがダビデは主に祈り、その祈りに応えてくださった神の憐れみを覚えさせられる。

主題 <問題は先伸ばしてはならない> 

聖書箇所 サムエル記第二 14章 (2012年11月29日)

今日のみことば「それで、ヨアブは王のところに行き、王に告げたので、王はアブシャロムを呼び寄せた。アブシャロムは王のところに来て、王の前で地にひれ伏して礼をした。王はアブシャロムに口づけした。」(33)
 アブシャロムのアムノン殺害事件によって、ダビデとアブシャロムとの間の亀裂はその後の王位継承に大きな影響を与えると考えたヨアブは一人の知恵のある女をダビデのものとに遣わした。ダビデとアブシャロムとの間にある確執を取り除こうと助言していく。
しかし、ダビデは、女の話が作り話だと見抜き、背後に指図する者がいて、それがヨアブであるということを察した(19)。ダビデは最終的には、ヨアブに命じてアブシャロムをエルサレムに連れ戻させた(21)。しかし、王はアブシャロムの謁見を許さず、自分の家に引きこもっていることを命じた(24)。ダビデはまだ彼を赦してはいなかったのである。アブシャロムは、王に一度も会うことを許されないままで、二年が過ぎた(28)。それまでじっと耐えてきた彼であったが、ついに耐え切れなくなったのか、事態の打開をヨアブに託そうと、二度にわたってヨアブのところに人をやり、呼び出したが、彼は来なかった(29)。そこでアブシャロムの採った手段は実に乱暴で、突然ヨアブの畑を焼き、驚いて飛んで来たヨアブに、アブシャロムはエルサレムにいながら王に謁見が許されず、引きこもって日を過ごさなければならない苦しみを訴え、王への取次ぎを願った。ヨアブから、アブシャロムの希望のない日々の苦しみについて聞いているうちに、わが子へのあわれみが湧いてきたのであろうか、王はようやく謁見を許した。「王はアブシャロムに口づけした。」(33) 
結局、ダビデは、タマルを辱めたアムノンにも、アムノンを殺したアブシャロムにも、毅然として対処せずに、はっきりしない態度のままで七年を過ごしてしまった。

主題 <憎しみの悲劇>

聖書箇所 サムエル記第二 13章 (2012年11月28日)

今日のみことば「彼が語り終えたとき、そこに王子たちが来て、声をあげて泣いた。王もその家来たちもみな、非常に激しく泣た。 」(36)

アムノンは妹タマルを辱める事件が起こった。その背後にはヨナタブの悪賢い入知恵があったが、何が正しいことがを見失い、欲望のままに行動したアムノンの罪は重い。その後、アムノンは妹タマルを愛するどころか憎むようになり、タマルは兄アブシャロムのもとに留まることとなった。
 タマルがアブシャロムの家で、やもめのようにひっそりと暮らすようになり、満二年が過ぎた(23)。妹を辱めたアムノンに対する憎しみの火は、アブシヤロムの心の中にも燃え続けていくこととなった。アブシヤロムは、羊の毛の刈り取りの祝いに、アムノンと王の息子たち全員を招いた。アブシャロムはこの機会にアムノンを殺害した(28、29)。
 アブシャロムはアムノンに抗議するのではなく、憎しみで命をうばうという実行に移してしまうところに、アブシャロムの問題があることを思わされる。正義を振りかざした行動は時として誤った形となって事態をさらに混乱させていくこととなる典型的な例ではないだろうか。
アブシャロムによるアムノン殺害はダビデ家のこの後、王位継承の問題と絡んで大きな問題となっていくこととなった。しかし、この時点で、ダビデは激怒するも殺害を実行したアブシャロムに会うことなく、三年の時間が流れてしまうこととなった。憎しみ、赦しという間の大きさ、深さがあることを痛感させられる事件ではなかっただろうかと思わされる。

主題 <悔い改めのことば> 

聖書箇所 サムエル記第二 12章 (2012年11月27日)

今日のみことば「ダビデはナタンに言った。「私は主に対して罪を犯した。」ナタンはダビデに言った。「主もまた、あなたの罪を見過ごしてくださった。あなたは死なない。」(13)
 主は、ナタンをダビデのところに遣わされた。ナタンの語る、身勝手な金持ちの振る舞いを聞いて、ダビデは烈火のごとく怒り、「主は生きておられる。そんな男は死刑だ。」と叫んだ(5)。富んでいる人が、客に出すための羊や牛を、自分の群れの中から取るのを惜しみ、代わりに貧しい人のかわいがっていた子羊を取り上げて客に供するなどという身勝手は、断じて許されるものではないというのである。そのとき、ナタンはすかさず「あなたがその男です」と言い渡し(7)、王がいかに理不尽な許しがたい行為をしたかを悟らせようとした。主がダビデを聖別して王とし、あらゆる良きものを惜しみなく与えたのに、どうして主の戒めに背き、ウリヤを殺すまでして、彼の妻を自分のものとしたのか、とナタンはダビデを責め、このことのゆえにダビデがこれから被らなければならない災いを告げた。それは、剣がいつまでもダビデの家から離れないこと、ダビデの妻たちが、白昼公然と犯されるというものだった。ダビデは自分の罪を率直に認め、「私は主に対して罪を犯しました」と告白した(13)。ひたすら罪を認め、告白した、まことに簡潔な悔改めのことばであった。それに対し、ナタンは「主もまた、あなたの罪を見過ごしてくださった。あなたは死なない」と語り、主の赦しを宣言した(13)。赦しがたい罪を犯した自分を、主が赦してくださり、なおも生かし、王としていてくださるという驚くべき恵みを、ダビデは深く味わったことであろう。
あなたは主の前に隠している罪はないだろうか。罪の報いの重さを知らされるが、その罪を悔い改めるときに赦される恵みにゆだねる者となりましょう。

主題 <罪の誘惑>

聖書箇所 サムエル記第二 11章 (2012年11月26日)

今日のみことば「喪が明けると、ダビデは人をやり、彼女を自分の家に迎え入れた。彼女は彼の妻となり、男の子を産んだ。しかし、ダビデの行なったことは主のみこころをそこなった。」(27)

  イスラエルの全軍が、アモン人の都ラバの包囲戦を戦っていたとき、王はエルサレムの宮殿にとどまっていた。ある夕暮れ時、たまたま一人の「非常に美しい」女の人が水浴びをしている姿が、目に入って来た。どうやら王は、すぐに目をそらせることをせず、しばらく眺めているうちに、欲情に支配されてしまったようである。使いをやって彼女を召し入れ、彼女と寝てしまった。やがて、女がみごもったことが、ダビデに知らされた。
 王はヨアブに連絡して、ウリヤを戦場から急濾帰還させ、家に帰して妻と寝るように仕向けた。身ごもった子を、夫の子にして、自分の罪を隠そうとしたのである。しかしウリヤは、どうしても家に帰ることを拒んだ。多くの者が戦場で野営しているのに、自分だけが家に帰り、妻と寝ることなど到底できないと考えたのである(U。
ウリヤを帰宅させることに失敗した王は、ウリヤを死なせる計画を考えた。それも自分の手を汚さず、戦死という形で彼を始末しようとしたのである。こうしてウリヤは、戦場の激戦地へと出ていきそこで倒れた。「ヘテ人ウリも死にました」という戦地からの知らせに、王は安堵したことだろう(24)。王は、喪の明けるのを待って、何事もなかったように彼女を自分の妻として迎えた。 「しかし、ダビデの行ったことは主のみこころをそこなった。」(27)
 ダビデは罪の誘惑に勝つことができず、さらには自らの罪を隠そうとした。しかし、神の前にこの罪をかくすことなどできないことを知らされることになる。