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2013年1月16日 (水)

主題 <平和のために最善を尽くす>

聖書箇所 サムエル記第二 10章 (2012年11月25日)

今日のみことば「強くあれ。われわれの民のため、われわれの神の町々のために全力を尽くそう。主はみこころにかなうことをされる。」」 (12)  

 アモン人の王ナハシュが死に、その子のハヌンが代わって王となったとき、ダビデは「ナハシュの子ハヌンに真実を尽くそう。彼の父が私に真実を尽くしてくれたように」と考え、「家来たちを派遣して、彼の父の悔やみを言わせた」(2)。ところがハヌンは、彼らは敵の様子を偵察に来たのだとの、側近たちの警告を受け、使者たちを捕らえ、「ひげを半分そり落とし、その衣を半分に切って尻のあたりまでにし、彼らを送り返した」ということをしてきた(3、4)。使者たちの恥ずかしい姿は、王が彼らを迎えに、人を遣わさなければならないほどであった。
 真実な行為に対して屈辱的な対応をしたアモン人に報いるために、王はヨアブに全軍を託して送り出した。ヨアブは、全軍を二手に分け、自らえり抜きの精鋭部隊を率いて敵に向かい、残りの者を兄弟アブシャイの手に託して敵に向かわせた。ヨアブは、戦いの形勢を見て助け合うことを兄弟と申し合わせた後、「強くあれ。われわれの神の町々のために全力を尽くそう。主はみこころにかなうことをされる」という信仰のことばで、作戦会議を締めくくった(12)。戦いはイスラエルの勝利に終わり、ヨアブは軍を引き上げてエルサレムに帰還した。ハダデエゼルはアラム諸国と協力し、イスラエルに再び挑んで来た。しかし王は全イスラエルを率いて彼らと戦い、勝利した。アラムはイスラエルと和を講じ、イスラエルのしもべとなった。
 アモンに対する誠実を尽くそうとしたことが、思わぬ戦いに発展してしまったが、主にある勝利を得て講和することができた。主の導き求め平和をつくる者とならせて頂きたい。

主題 <約束を実行する誠実さ>

聖書箇所 サムエル記第二  9章 (2012年11月24日)

今日のみことば「ダビデが言った。「サウルの家の者で、まだ生き残っている者はいないか。私はヨナタンのために、その者に恵みを施したい。」」(1)

 かつてダビデとヨナタンとの間に結ばれた「契約」は、ダビデの心の中にしっかりと刻みつけられ、消え去ることはなかった。ヨナタンは、「もし、私か生きながらえておれば、主の恵みを私に施してください。……私か死ぬようなことがあっても、あなたの恵みをとこしえに私の家から断たないでください」と言って、ダビデと契約を結んだ(Iサムエル20:14~16)。ヨナタンは深い友情をもってダビデを愛し、彼のいのちをねらう父の手に、決してダビデを渡さないと誓い、それを守り通した。ダビデは、彼の王権の確立された今こそ、ヨナタンとの契約に従い、ヨナタンの家に恵みを施すべきだと考えたのであろう。サウルの家の者で、生き残っている者はいないかと調べさせた。サウルのしもべであったツィバを通して、メフイボシェテというヨナタンの子が、まだ生きていると知ったダビデは、人をやって彼を連れて来させた。彼が5歳の時に、乳母が抱いて逃げるときに彼を地に落としてしまい、そのために彼は両足とも不自由になっていた。ダビデはメフィボシェテに「あなたの父ヨナタンのために、あなたに恵みを施したい」と語り、サウルの地所を全部彼に返すことを宣言し、その土地を耕すしもべとして、改めてツィバを任命した(7~10)。また、メフイボシェテがいつも王の食卓で「王の息子たちのひとりのように」食事できるように手配した(7)。そこでメフィボシェテはエルサレムに住み、いつも王の食卓で食事をした(12、13)。
 私たちも、時が移り、状況がすっかり変わっても、神の御前での真実をもって、「約束」を果たすことができたら、何と幸いだろうか。

主題 <正しく治める者に>

聖書箇所 サムエル記第二  8章 (2012年11月23日)

今日のみことば「ダビデはイスラエルの全部を治め、その民のすべての者に正しいさばきを行なった。」(15)  

 ダビデの統治は充実し、安定するようになった。しかし、彼の戦いにおける連勝の秘訣は、彼自身の才覚にではなく、その背後にあって働かれる主の御力にあった。「主は、ダビデの行く先々で、彼に勝利を与えられた」と繰り返し語られている(6、14)。
 彼は、西のペリシテ人を打ち(1)、東のモアブを打ち(2)、北のツォバの王と、アラムを打ち(3-5)、南のエドムに勝利を収めた(13)。彼らはダビデのしもべとなり、貢物を納める者となった。「ハマテの王トイは、ダビデがハダデエゼルの全軍勢を打ち破った」と聞いて(9)、「その子ヨラムをダビデのもとにやって、安否を尋ねさせ、……祝福のことばを述べさせた」(10)。ヨラムは、ダマスコのさらに160キロも北方からダビデを訪ねて来たが、その手には、銀、金、青銅の器が携えられていた。そのようにしてダビデは周囲の国々を征服し、アラムとエドムには守備隊を置いた。ダビデが王となってからは、周囲の国々から攻められることなく、むしろ貢物の使者を迎える国になった。ダビデは、征服したすべての国々から取った銀や金や青銅を「主に聖別してささげ」、私腹を肥やすことはしなかった(11)。
 「ダビデはイスラエルの全部を治め、その民のすべての者に正しいさばきを行った。」(15)とあるように国内にける統治の組織が整えられ、ヨアブは軍団長、王と民の意思の疎通を助ける参議にヨシャパテ、祭司はエブヤタルの子アヒメレクに、ツァドクが加えられた。
 ダビデはその王権を私腹に肥やすのではなく、主のために、民のために存分に用いました。ダビデの姿にゆだねられた責任を果たすものの模範を見るのではないでしょうか。

主題 <神との交わりと導き> 

聖書箇所 サムエル記第二  7章 (2012年11月22日)

今日のみことば「ダビデ王は行って主の前に座し、そして言った。「神、主よ。私がいったい何者であり、私の家が何であるからというので、あなたはここまで私を導いてくださったのですか。 」(18)

 ダビデは、エルサレムに都を移し、王宮を建てた。ペリシテ人を追討し、6章では神の箱をエルサレムに運び込んだ。これあのことが整い、「主が……彼に安息を与えられた」(1)という言葉の中にあらわされていると思われる。 
 このような中で、預言者ナタンの言葉によって、ダビデは神の箱を納めるための神殿の建設を思いついた。ナタンも賛成した。しかし、その夜、神はナタンに語りかけられた。
 神はナタンを通して、ダビデに恵みを与え、祝福するという約束を与えてくださった(8~16)。神は、本来、人が神の愛を受ける価値のない者であるにもかかわらず、無限の愛を注いでくださる恵み深いお方である。
 ダビデは、ナタンから神のことばを聞いたときに、「主の前に座し、そして言った」(18)。彼は、神が語られた約束のことばを深く思い巡らし、祈った。
 ダビデは神の箱の取り扱いを考え始めて、その結果、ダビデは神からの祝福の約束を頂いている。神のことを第一にしていくときに、さらなる祝福を頂いていったと言えます。また、ダビデはこの導きを主の前にへりくだり祈ることをもって確信していきました。 
 このような姿から、今一度、私たちの神との交わりについて確認させて頂きたいと思います。神のことばをしっかりと聞き、そして神に祈る者とならせて頂きたいと思います。

主題 <喜びを持って主の御前に>

聖書箇所 サムエル記第二  6章 (2012年11月21日)

今日のみことば「ダビデは、主の前で、力の限り踊った。ダビデは亜麻布のエポデをまとっていた。」(14)

絶えず、主に拠り頼み、主に導かれて来たダビデにとって、「万軍の主の名で呼ばれる神の箱」を、自らの統治の中心に据えることは、何よりも最優先されるべきことであった。神の箱は、ペリシテ人との戦いに破れたときに、一旦は奪い去られたが、不思議な経緯で送り返されて来て以来、長い間、ユダのバアラのアビナダブの家に置かれたままになっていた(Iサムエル7:1)。ダビデは、民と共に出かけて行き、神の箱を新しい車に乗せて、エルサレムに運び上ろうとした(2、3)。彼らは、「歌を歌い」、楽器をかなで、「主の前で、力の限り喜び踊った」(5)。
しかし喜びは、思いがけない一つの出来事によって、恐れに変わってしまった。車が大きく揺れて、神の箱が引っくり返りそうになった時、そばにいたウザは思わず手を伸ばして神の箱を押さえたことにより死んでしまった(7)。ダビデは、神の箱を運び上ることを恐れ、ガテ人オベデ・エドムの家に回した。  
ところが神の箱がとどまっていた三ヶ月間、オペデ・エドムの家は祝福された。それを知ったダビデは、思い直して再び神の箱をエルサレムに運び上ることにした。今回は、神の箱の本来の運び方に従って、しかも肥えた牛をいけにえとしてささげながら、主を恐れつつ運び上った。しかし彼は、今回も喜びを内に抑えていることができず、「主の前で、力の限り踊った」(14)。エポデだけを身に着けての踊りだったようである(14、20)。サウルの娘ミカルは、彼の喜びを理解できず、裸で踊る夫をさげすみ、家族を祝福しようと帰宅した夫を、皮肉なことばで迎えた(20)。
主の御前に喜びを持って踊ったダビデの姿に喜びをもって主を礼拝する者の姿勢を学びたいと思います。

主題 <大いなる者となる>

聖書箇所 サムエル記第二  5章 (2012年11月20日)

今日のみことば「ダビデはますます大いなる者となり、万軍の神、主が彼とともにおられた。」(10)

イスラエルの全部族は、ヘブロンのダビデのもとに来て、主の前で契約を結び、ダビデに油を注いで、王とした(3)。サムエルによって油を注がれ、イスラエルの王とされたにもかかわらず、これまでは、ダビデはサウルに仕え、またサウルの追っ手から逃げ回る、忍耐の日々を過ごさなければならなかった。しかし、ダビデはこの時を自分の力で切り開くのではなく、神の導きにゆだね待ち望んだというところにダビデの信仰の勝利をみるのではないだろうか。
王とその部下がエルサレムに来たとき、その地はまだエブス人の土地だった。彼らは「ダビデがここに来ることはできない」と考え、ダビデを軽蔑した(6)。しかし、ダビデはシオンの要害を攻め取り、これをダビデの町と呼んだ(7)。このとき以来エルサレムは、部族を越えた、主の民の都となった。ダビデの評判を聞いて、ツロの王ヒラムは、友好的な申し出をしてきた。その地の名産の杉村と大工、石工が送られて来て、ダビデのために王宮を建てた。「ダビデは、主が彼をイスラエルの王として堅く立て、ご自分の民イスラエルのために、彼の王国を盛んにされたのを知った。」(12)
ダビデが王となったことを聞いて、ペリシテ人がダビデをねらって攻め上って来た。ダビデは主に伺いを立て、示されたところに従って行動し大勝した。
ダビデの王権はまさに神と共にあることにより、ますます栄えていきました。私たちも主と共にあることを切に求め歩んで行きましょう。

主題 <正義を持って神の時を待つ>

聖書箇所 サムエル記第二  4章 (2012年11月19日)

今日のみことば「まして、この悪者どもが、ひとりの正しい人を、その家の中の、しかも寝床の上で殺したときはなおのこと、今、私は彼の血の責任をおまえたちに問い、この地からおまえたちを除き去らないでおられようか。」(11)

 将軍アブネルがヘブロンで死んだという知らせは、彼が王として擁立したサウルの子イシュ・ボシェテをはじめとするサウルの家の者たちに、大きな衝撃を与えた(1)。そのような絶望的な情勢を読み取り、活路を切り開こうとレカブとバアナは、寝室で昼寝をしていたイシュ・ボシェテを殺して首をはね、その首を持って、一晩中歩いてヘブロンのダビデのところにやって来た。彼らはイシュ・ボシェテの首をもってダビデに取り入ろうとしたその行動はまさに自分の利得、名誉のための何物でもなかった。
しかし、ダビデの答えは、彼らからすれば全く意外なものであった。かつて、王冠と腕輪を証拠に、サウル戦死の「良い知らせ」をもたらしたアマレク人に、ダビデは、ほうびではなく死をもたらしたと同じように(1:14~16)、「私は彼の血の責任をおまえたちに問い、この地からおまえたちを除き去らないでおられようか」と言って、彼らを討たせた(11、12)。
 ダビデはここでも、王の子に対する謀反には加担していなかったことを明示した。ダビデにとっては、サウルも、イシュ・シェテも、滅ぼすべき敵ではなかった。ダビデは、サウルから始まったイスラエルの王権を、引き継ごうとしていたのである。王座を占めている者を、その座から引きずりおろそうという考えは、ダビデには少しもなかった。ひたすら神の時が来て、神ご自身が彼を王座に着かせてくださると、信じて待ち続けたのである。

主題 <主のさばきにまかせて>

聖書箇所 サムエル記第二  3章 (2012年11月18日)

今日のみことば「この私は油そそがれた王であるが、今はまだ力が足りない。ツェルヤの子らであるこれらの人々は、私にとっては手ごわすぎる。主が、悪を行なう者には、その悪にしたがって報いてくださるように。」」 (39)  
 将軍アブネルはイシュ・ボシェテのことばに怒り(8)、ダビデに王位が移るように宣言する(10)。そして、アブネルはダビデに会うべくやってきてダビデと盟約を結んだ。
 それを聞いた兄弟アサエルをアブネルによって殺されたヨアブは、アブネルがダビデを訪ね、盟約を結び、また安全に送り出されたと聞くと、激しくダビデに抗議し、アブネルが来たのは偵察活動のためだったと、ダビデを責めた。ヨアブは、ダビデに内緒でアブネルを連れ戻させ、彼をだまして殺してしまった。アブネルがヨアブの手によって殺されたことを知ったダビデは、ヨアブを責めた。ヨアブのしたことが主の御前に正しくなかったばかりか、このことがダビデによって画策されたこととみなされる可能性が、大いにあったからである。ダビデは、自分がこの件に全く関与していないばかりか、むしろアブネルを信任していたことを示すために、できる限りのことをした(31~34)。そのようなダビデの一連の振る舞いを見て、「全イスラエルは、その日、ネルの子アブネルを殺したのは、王から出たことではないことを知った」(37)。
 ダビデは、この時はヨアブとアビシャイの不正に報いることをしなかった。自分には、「まだ力が足りない」と考えていたからである(39)。
 ダビデは多くの血を流すことなく王位争いに対応しようとしたが、それでも憎しみが渦巻き、血が流されていたことに対して最終的には主の解決を待ち望むことにした。私たちの最終的には主のさばきにゆだねて行くことができるように備えよう。

主題 <空しい争い> 

聖書箇所 サムエル記第二  2章 (2012年11月17日)

今日のみことば「アブネルはヨアブに呼びかけて言った。「いつまでも剣が人を滅ぼしてよいものか。その果ては、ひどいことになるのを知らないのか。いつになったら、兵士たちに、自分の兄弟たちを追うのをやめて帰れ、と命じるつもりか。」」(26)

 ダビデがサウル王のために葬りをしたヤベシュ・ギルアデの人々に報いている間、一方、サウルの将軍アブネルが、サウルの子イシユ・ボシェテを王として擁立したために、ダビデを王としたユダ部族との間に、深刻な対立が生じることとなった。 
 ダビデの姉妹ツェルヤの三人の息子たち、ヨアブ、アビシャイ、アサエルは、ダビデの身近に仕える者として、アブネルを討ち取ろうと考え行動し始めた。その中の一人アサエルは、「野にいるかもしかのようだ」と言われるほどに、抜きん出た俊足の持ち主だった。しかし、そのすぐれた能力がかえってわざわいとなってしまった。アブネルに追い迫る彼の力強い足取りは、将軍の一撃によって死んでしまった。このことは、イスラエルの同胞同士が血を流し、殺し合うことの無意味さと愚かさを象徴するかのような出来事であった。兄弟を失ったヨアブとアビシャイはアブネルを追ったが、夜を迎えたとき、アブネルの停戦の呼びかけに応じて、ようやく追撃をやめた。両者は互いに「自分の兄弟たち」と戦っていることを認識しながら、戦っていたのである(26)。
 アブネルと部下たちは、一晩中歩き続け、翌日マハナイムについた。一方、ヨアブと部下たちも一晩中歩いて、ヘブロンに着いた。アサエルは、ベツレヘムにある彼の父の墓に葬られた(32)。その日の戦死者数は、ダビデの家来が二十人であったのに対し、アブネルの部下は三百六十人であった。
 いつの時代も空しい権力争いを続けてしまっていなだろうか考えさせられる。

主題 <サウルとヨナタンの死を痛むダビデ>

聖書箇所 サムエル記第二  1章 (2012年11月16日)

今日のみことば「彼らは、サウルのため、その子ヨナタンのため、また、主の民のため、イスラエルの家のためにいたみ悲しんで泣き、夕方まで断食した。彼らが剣に倒れたからである。」(12)  

ダビデとその部下たちが、ツィケラグに帰還して三日目に、王の陣営から来たという一人の男によって、王とヨナタンの戦死が知らされた(4)。その男の身なりは喪に服しているようであったが、彼には、いち早く王の訃報をダビデに知らせて喜ばせ、ほうびに与かろうという下心があったようである。それは全くの見当違いであった。サウル戦死の報は、ダビデを喜ばせるどころか、むしろひどく悲しませることになった。ダビデとその部下たちは、王とヨナタンのために喪に服し、嘆き悲しみ、夕方まで断食した(12)。絶えず王に追い回され、苦しい日々を過ごして来たダビデであったが、「主に油を注がれた方」である王の死を、喜ぶことはしなかった。ダビデにとって、王の最期について語る男の証言は、聞き流しにできるものではなかった。サムエル記第一、三一章の記録とは異なるが、その男自身が「油注がれた方」を殺したと証言したからである。ダビデは、その男の行為は、神を恐れない不遜な行為だと指摘し、直ちに死刑が執行された(14-16)。ダビデは王とヨナタンを悼む哀歌を唱えた。その中でダビデは、彼らの死がペリシテ人に知らされないようにと歌い、また彼らの死に対する口惜しさを表現している(20、21)。それに続いて、二人の勇士ぶりを巧みに描写している(22-24)。特にヨナタンについて、「あなたの私への愛は女の愛にもまさってすばらしかった」と、常に変わらずに彼を支え続けた同信の友の、真実で犠牲的な愛をたたえている(26)。ダビデは、万感を込めた叫びである「ああ、勇士たちは倒れた」で始めたこの哀歌を、同じ叫びで閉じている(19、25、27)。