2013年7月 3日 (水)

主題 <この時のため> 

聖書箇所 エステル記  4章    (2013年4月27日)

今日のみことば「もし、あなたがこのような時に沈黙を守るなら、別の所から、助けと救いがユダヤ人のために起ころう。しかしあなたも、あなたの父の家も滅びよう。あなたがこの王国に来たのは、もしかすると、この時のためであるかもしれない。」(14)

 この章には、必死という言葉がふさわしい緊迫した状況が読み取れます。モルデカイの嘆きとともに全ユダヤ人の悲しみと無力感。危機の中に人がどう考え、行動を取るかがはっきりと表面化してきます。その人の信仰が文字通り決定的な役割を果たすのです。
 ふだん直接表れてこない王宮や民衆の生活の中に、危機の中から信仰が浮び上がってきました。モルデカイのエステルへのメッセ-ジ(13~14節)には、強い神への信仰とエステルへの期待が迫り来ている。
王妃という特権も実はこの時のためだったと意味づけている。
 一方エステルは、3日3晩断食と祈祷に費やして、「私は、死ななければならないのでしたら、死にます。」(16節)と決断している。愛には愛、命には生命をかけた交わりがある。この生命がけの歩みこそ、ふだんの培われた信仰が見事に実を結んだのである。

<祈り>主よ。私が「この時のため」といえる者にして下さい。
<祈りの課題>自分の生涯の使命を自覚できるように

主題 <ハマンの陰謀>

聖書箇所 エステル記   3章   (2013年4月26日)

今日のみことば「もしも王さま、よろしければ、彼ら(ユダヤ人)を滅ぼすようにと書いてください。私はその仕事をする者たちに銀一万タラントを量って渡します。そうして、それを王の金庫に納めさせましょう。」(9) 

 思いがけないことですが、ユダヤ人の宿敵であったアガグの子孫がペルシヤで王に次ぐ立場を得たのです。Iサムエル15章のアマレク人の王アガグの子孫といわれている。しかも王の家来たちはみな、ハマンに対してひざをかがめてひれ伏していたのである(2節)。
  一方モルデカイは、このハマンに神のような礼拝はしなかったし、できないのです。この態度が王の家来に不快となり、ハマンに憤りを感じさせたのです。その怒り方が厳しく、怒りの矛先がモルデカイだけでなく、ペルシヤにいる全ユダヤ人に及ぶこととなったのです。
 ハマンはこのために、銀一万タラントもの莫大な財宝を王に献上するのです。この額がいかにすごいかは、当時のペルシヤの全納税額の3分の2に相当したほどの金額です。もっとも、ユダヤ人を撲滅させれば、この金額に相当する以上の金品は奪い取れるのです。
 この世の子らは、神の御国の子らよりも巧みです。世的な人の方が、霊的な人よりも成功していくのです。ところがこれが、まったく逆の立場に変化するのですから、神のわざは不思議です。

<祈り>主よ。短気を起こして、立腹しやすい心を静めて下さい。
<祈りの課題>環境に支配されない信仰を

主題 <好意を得たエステルの人柄>

聖書箇所 エステル記  2章   (2013年4月25日)

今日のみことば「このおとめは、ヘガイの心にかない、彼の好意を得た。」(9)

 同じ様み『好意を得た』ことが15、17節にも記されている。エステルの人柄を垣間見ることができる。
 彼女は両親がいなかった。伯父モルデカイがわが子のようにいつくしみ育ててくれたが、彼女はわがままも、ひねくれもしない素直な少女として成長した。姿も顔立ちも美しかった(7節)とありますから、得意になることも出来たのに、彼女は謙遜でした。伯父モルデカイが自分の出身を明かすなといわれると、「ハイ」と忠実に守り、宦官ヘガイがいうもの以外は持っていかない無欲で、しかも従順なのです。
 こんなやさしいエステルは周囲の人々に心地よい涼風のようなさわやかさを与えたのでしょう。彼女に関わる人々がみな好意を得ることとなったのです。
 しかし、エステルのもう1つの面、それは従順だが、言うべきことははっきり告げられるしっかりした性格でした。本章最後の王殺害計画、すなわちクーデター発覚を王に告げて王を守るだけの度量と決断する意志があるのです。
 しかし、この背後にモルデカイの献身的な苦労もまた見逃すことができません。

<祈り>主よ。従順な者に。またささげる献身を。共に二つを与えて下さい。

主題 <王妃ワシュティ>

聖書箇所 エステル記  1章    (2013年4月24日)

今日のみことば「しかし、王妃ワシュティが宦官から伝えられた王の命令を拒んで来ようとしなかったので、…」(12)

エステルが登場する背景が述べられている。王のふるまい、権勢、組織、生活を十分に読み取ることができ、興味が尽きません。
 しかし、エステル記には「神」という言葉が出てこない聖書の中の唯一の書ですが、実に<神の時>がそこここに見られるといわれているほど、神の摂理の御手を拝察するのです。
 ことに、12節で王妃ワシュティが王の命令を拒みます。なぜだったのでしょう。気持ちが悪かったのでしょうか。あるいは、美人で気位が高かったのでしょうか。病気でしょうか。想像して下さい。いずれにしても王妃は王の命令を拒み、王を怒らせ、王妃の冠がはがされてしまうのです。
 そして、不思議な神の配在は、その地位にユダヤ人エステルを据えられることとなるのです。まったくふさわしくない婦人です。エステルは、奴隷の娘の身分でした。ところがアハシュエロス王の第7年に王妃につき、第12年にユダヤ人大虐殺が行われようとしています。その救いの準備として、一王妃のわがままが1章に記されているのです。

<祈り>主よ。私たちの周囲の自己中心な混乱さえ、あなたがかかわるときに聖化に導かれます。

主題 <ネヘミヤの改革> 

聖書箇所 ネヘミヤ記 13章    (2013年4月23日)

今日のみことば「私はレビ人に命じて、身をきよめさせ、安息日をきよく保つために、門の守りにつかせた。私の神。どうか、このことにおいてもまた、私を覚えていてください。そして、あなたの大いなるいつくしみによって私をあわれんでください。」(22)

 13章にはネヘミヤの行った改革について記されている。
 まず、ネヘミヤは礼拝者としての資格について明確にされた。この時、アモン人、モアブ人との混血の者がいて、これを取り分けている(3)。主の律法に聞き従う民として明確にし、これを重要視していたことが分かる。
 また、主の宮に仕える者についても明確にし、その待遇も考慮するようにされた。それはいつまでも主を礼拝して行く上で重要だったからである。
 また、安息日を厳守するようにされた。この時、安息日であっても経済活動が優先される向きがあった。ネヘミヤは、安息日の前にエルサレムに入る門を閉じさせ、安息日が終わるまで開かせなかった(19)。安息日の翌日の商売のために、城壁の外で夜を過ごす商人もいた。しかし、彼が「あなたがたに手を下す」と警告すると、彼らはもう、安息日には来なくなった(21)。さらに彼は、安息日にはレビ人を門の守りにつかせた(22)。
 現代においても日々の生活、また経済活動が優先されている時代と言える。このような中で安息日を第一とすることの難しさがあることを思う。そのような中で、22節にあるように、「覚えてください。あわれんでください。」の祈りの姿勢を忘れることなく、主の安息日を喜びとして備えられるように求めて行く姿勢を実践する者とならせて頂きたいと思います。

主題 <城壁の完成を喜ぶ民>

聖書箇所 ネヘミヤ記 12章    (2013年4月22日)

今日のみことば「こうして、彼らはその日、数多くのいけにえをささげて喜び歌った。神が彼らを大いに喜ばせてくださったからである。女も子どもも喜び歌ったので、エルサレムの喜びの声ははるか遠くまで聞こえた。」(43)

 城壁の修復が完成し、感謝をもって神にささげる奉献式が行われた。まず、レビ人と歌うたいが、各地から、またエルサレム周辺からも集められた(28、29)。シンバルと琴に合わせて感謝の歌を歌い、喜びを表すためであった(27)。祭司とレビ人は、自分たちの身をきよめ、民と門と城壁をきよめた(30)。神にささげられるものにはきよめが必要であった。これは、儀式であるが、もしも内面に神と向き合う心がないならば、やがては単なる形式に終わってしまう。
 二つの大聖歌隊が編成され、(恐らく、南西の谷の門から)時計の針と反対の方向に城壁の上を回るエズラの一隊と、それとは逆方向に回るネヘミヤの一隊が、神の宮で合流した(31-40)。そこで、聖歌隊は神を賛美し(42)、祭司は多くのいけにえをささげ、民も心を共にして喜び歌ったので、はるか遠くでもその声が聞こえた。ここでは、喜びが神から来ていることが強調されている(43)。度重なる困難を乗り越えて、そして、失われていた城壁が再建されたことは、神のあわれみなくしてはなかったことを思うとその喜びがおおきなものとなったことは当然と言える。
 私たちも、苦難と戦い、先の見えないような歩みも、主の導きの中にあるならば、必ず神が喜ばせてくださる日が来ると、信じたい。

主題 <エルサレムに民が戻ってきた>

聖書箇所 ネヘミヤ記  11章   (2013年4月21日)

今日のみことば「すると民は、自分から進んでエルサレムに住もうとする人々をみな、祝福した。」 (2)  

エルサレムは、城壁の修復が終わるまでは「住民は少なく、家も十分に建てられていなかった」(7:4)。また修復がなされても、一般の民が生活の拠点を市内に移すことは、困難を伴うことであった。しかし、イスラエルの霊的物質的復興を確かなものとするためには、神殿のある地エルサレムの活性化は重要なことであった。そこで、すでに市内に住んでいた民のつかさたちとは別に、くじで民の十分の一を、市内に住む者として選抜した(1)。このことを機会に、自分の意思でエルサレムに住む者も起こされ、皆から祝福を受けた(2)。次に、エルサレム居住者のリストが、ユダ族の指導者から始まって(4-6)、ベニヤミン族の指導者(7-9)、神殿で仕える祭司(10-14)、神の宮のつかさ=大祭司(11)、レビ人(15-18)、門衛(19)、宮に仕えるしもべたち(21)と述べられていく。町と神殿の機能が、これらの人々によって回復されるのである。一方で、祭司、レビ人たちの中でも、エルサレムには住まず、先祖が与えられた所に留まる者もいた(20)。
 カナン征服時に、ユダ族とベニヤミン族が獲得した村落の名称が、25-36節に記され、この時点でそれらの所に住みついたと記されている。エルサレムより北はベニヤミン、南はユダが住みついた。ユダの一部は、カレブに与えられたキルヤテ・アルバ(ヘブロン)にも住みついた(25)。神が再度、この地を与えられたとの、民の意識を読み取ることができる。また、レビ人が各地に散らばるように、ベニヤミンに加わった者もあった(36)。
 かつてのようなエルサレムが再建していく様を確かに見させてくださったのである。主は民を顧み事を行ってくださったのである。

主題 <主の民としての盟約>

聖書箇所 ネヘミヤ記  10章   (2013年4月20日)

今日のみことば「彼らの親類のすぐれた人々にたより、神のしもべモーセを通して与えられた神の律法に従って歩み、私たちの主、主のすべての命令、その定めとおきてを守り行なうための、のろいと誓いとに加わった。」(29)

 民は盟約を結ぶこととなり(9:28)、ネヘミヤは盟約の第一の署名者となった(1)。続いて、民の代表者たちが署名した。一般の者は、この盟約に、ことばの同意をもって加わった(28、29)。この盟約は、「神の律法に従って歩む」ことを決意し、歩むときには祝福を、歩まないときにはのろいを受け取る誓いであった(29)。このとき、民は経済的危機の続く中にいた。それゆえ、律法に従って歩むことの困難は、三つの点に集約されていたと思われる。第一は、この地の民との結婚である(30)。経済的に安定している異邦の民との結婚は、イスラエルにとって魅力的であった。しかし、それは同時に、次世代以降の者に、神との契約の民である意識を失わせるものであった。第二は、労働(経済活動)が礼拝より重要であるという意識である(31)。安息日も働くことは、礼拝をないがしろにし、神の民の意識を失うことであり、神の与える安息を失うことであった。第三には、神の宮をなおざりにすることである。当時は宮を忘れ、「自分の家のために走り回る」現実があった(ハガイ1:9)。これは礼拝の意味が失われつつある状況の表れであった。そのために、礼拝のためのシェケルの供え物(32)、たきぎのささげ物が定められ(34)、初物が主のものとされ、宮に仕えるレビ人に収穫の十分の一がささげられるようにした(36、37)。すなわち、彼らは、経済的祝福を求める民である前に、礼拝の民であることを告白したのである。

主題 <悔い改めから始まること>

聖書箇所 ネヘミヤ記   9章  (2013年4月19日)

今日のみことば「そして、すべての外国人との縁を絶ったイスラエルの子孫は立ち上がって、自分たちの罪と、先祖の咎を告白した。」(2) 
その月の二十四日に、民は集まった。「断食をし、荒布を着け、土をかぶった」のは(1)、深い悲しみや悔改めの表現である。これが、律法を聞いたイスラエルの応答であった。彼らは「すべての外国人と縁を断った」(2)。この応答は、神の民としていのちを失っていた者が、契約の民に戻ろうとしたことを示している。それは、多くの痛みや、悲しみを伴ったに違いない。しかし、ここから神の民としての回復が始まったと言える。
 まず、神が天地万物の創造主であることが告白されている(6)。さらにその神は、アブラハムの心の真実をご覧になり、彼と契約を結ばれ、その子孫に約束の地を与えられたことが確認されている(8)。創造主は、また、歴史を導かれるお方なのである。出エジプトに際しては、パロにしるしと不思議を行われ(10)、海を分けられた(11)。神はその民のために、歴史に介入され、ご自身の力を現された。荒野においては、雲の柱、火の柱で民を導き(12)、パンと水を与え(15)、民の導き手であったことを明らかにされた。それと共に、シナイ山では彼らに律法を与えられた(13)。そして、聖なる安息を教えられた(14)。神の交わりが回復されるということは、同時に安息に入ることとして教えられているように記されている。
 しかし、16節以降では、神から離れていく民の姿が示され、しかし、神はあわれみをもって臨まれ続けていたことが記されている。神との交わりに入れられることをまず第一に求めていくところから始める信仰者でありたいと思います。

主題 <主を喜ぶこと>

聖書箇所 ネヘミヤ記  8章   (2013年4月18日)

今日のみことば「きょうは、私たちの主のために聖別された日である。悲しんではならない。あなたがたの力を主が喜ばれるからだ。」」(10)
 城壁の完成を見た民たちは次に何をしたのか。それは神の民として再び整えられるために歩み始めたと言える。
 その第一歩は、律法(みことば)を聞くことから始まった。この段階に至り、実務の中心であったネヘミヤに代わり、エズラが登場する(1)。城壁完成の翌月(七月)の一日、律法を聞いて理解できる者が広場に集まった(2)。そこで、エズラは律法を朗読した(3)。十三人の補佐する者も律法を解き明かし(7)、民はそれを理解した(8)。内容の中心は、イスラエルの不信に勝る主のあわれみであり、また彼らが神の民として歩むことを通し、世界が主を知ることであった。不従順な者たちを導かれた神のあわれみに触れたとき、彼らは感動し、民の中に悔改めが起こり、「みな泣いていた」(9)。この月の十日は贖罪の日、十五日からは仮庵の祭りが続く重要な祭りの月であった(14)。民は、ネヘミヤによって、自分の罪に心を向けた悔改めの涙を、神のあわれみによって罪を赦された喜びに転換するように勧められた(11)。彼らのあふれる喜びは、「行き、食べたり飲んだり、ごちそうを送ったり」することによって示された(12)。
 次に民たちは、約束の地に定着以来、忘れられていた仮庵の祭りを再興することにあった(14-18)。祭りを共にするのは、神が導かれた荒野の旅というイスラエルの先祖の経験を自分たちのものとし、また同じ祭りを祝う同時代を生きる者に、共同体としての意識を与えるためであった。
 罪の悔い改めと神が困難な中にも共に歩まれたお方であることを経験的にも回復することが民の整えとなったことが分かります。私たちも主が共におられ、導いてくださえるお方であることを確認し、共有する者とならせて頂きたいと思います。