主題 <神を愛する知識によって>
聖書箇所 コリント人への手紙第一 8章(2011年10月16日)
今日のみことば「次に、偶像にささげた肉についてですが、私たちはみな知識を持っているということなら、わかっています。しかし、知識は人を高ぶらせ、愛は人の徳を建てます。」(1)
この章のパウロの言葉も、心を探る名言である。知識は私たちにとってはどんなに魅力的でありましょう。人の知らないことを知っている、学歴と学識がある、というだけで人々の尊敬のまなざしを受けられるのです。
知識は、それがほんとうに優れているなら、知るべきことさえ知るべきことさえ知っていないことがわかってくる者であり、いっそう謙虚になってゆくのである。ほんとうに知識は、人を生かし、社会を変え、生活を変えて行くものである。ところが、しばしば多くの知識が、その人をして高慢に陥らせる場合が多い。
なぜだろうか。あなたの周囲で、多くの知識を持ちつつ、謙遜な人がいるだろうか。その人はなぜ謙遜なのだろうか。
その反対に、愛は人の徳を立てる人である。愛が増し加わる中で、だんだん高慢になってゆく人がいるだろうか。愛があるので、人を倒してゆくような人がいるだろうか。
「8:2 人がもし、何かを知っていると思ったら、その人はまだ知らなければならないほどのことも知ってはいないのです。」なんという洞察だろうか。
「8:3 しかし、人が神を愛するなら、その人は神に知られているのです。」神を愛することこそ、知識の中の知識です。