主題 <キリストのかおり>
聖書箇所 コリント人への手紙第二 2章(2011年10月26日)
今日のみことば「私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです。」 (15)
パウロはこの第二の手紙を書き送った動機について1~4節で語っている。それは、パウロによる手紙や訪問によりコリント教会の信徒たちを指導していくことが、かえって悲しみと不信感を募らせる結果となってしまったことを悲しみ、パウロが厳しく指摘したのは「あふれるばかりの愛」(4)によるのだと弁明している。過ちや問題を見過ごすことが本当の解決にはならない。時としては、過ちや問題から目をそらさずに向き合い、悔い改めをもって前進していくことが必要なのである。正しく理解していくためにも、助言を与え、戒めて指導してくれる人の存在は、その時は痛みが伴ったとしても、しかし、振り返ればそれは有益であったと感じることの方が多いのではないでしょうか。パウロは愛をもって、時には厳しく対処していくこととなったことをコリントの教会の人々に伝えたのでした。
問題を隠すのではなく、悔い改めをもって向き合い、対処していくこと、さらには、この問題を共有する者たちも互いに受け入れ合い、赦し合うことがさらなる益となるということを覚えたいと思います(7、10)。
パウロは宣教の働きやコリント教会とのかかわりの中で失意、落胆している姿が見られた(12~13)。しかし、パウロはキリストにある勝利に導かれているという思いに馳せて、希望をもって歩もうとしていたことを覚えたい(14)。そして、パウロは「私たちは、救われる人々の中でも、滅びる人々の中でも、神の前にかぐわしいキリストのかおりなのです。」(15)という自覚をもって働き続けていたことを私たちも改めて覚えたいと思います。
主のとりあつかいの中に、罪を悔い改めていく、痛み、悲しみを経験するも、キリストにある交わり、教会の交わりの中で、さらに赦された者として生かされている恵みを感じつつ、主にある成長を頂いて歩むことが出来るように、人々の前にキリストにある者として証しの伴った歩みが出来るように祈っていきましょう。