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2011年9月

2011年9月 1日 (木)

主題 <パウロの福音宣教に学ぶ> 

聖書箇所 使徒の働き 17章    (2011年9月11日)

今日のみことば「私が道を通りながら、あなたがたの拝むものをよく見ているうちに、『知られない神に。』と刻まれた祭壇があるのを見つけました。そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるものを、教えましょう。」(23)

パウロの宣教の仕方から多くのことを学ぶことができます。アテネでの伝道は必ずしも成功したわけではないのですが、彼はアテネの人々の関心を引きだし、福音を示して行きます。この伝道は、現代の日本の伝道にとってもよく研究するなら適用することができると思います。
 第一に、アテネはギリシャ哲学の中心地であり、知識を第一義に考える国民であった。ギリシャ神話などに見る多神教の世界である。日本もまた、知識偏重の社会ですが、精神生活、宗教生活ではとても貧弱なものです。
 第二に、彼らへの切り口をパウロが発見した。ギリシャ世界に多数の神々がありましたが、それでもまだ足りない神があると考えていたのです。ですから、「 私が道を通りながら、あなたがたの拝むものをよく見ているうちに、『知られない神に。』と刻まれた祭壇があるのを見つけました。」という(23)。さすがに伝道者です。神々をたくさん拝みつつも、まだ本当の神にあっていないと考えて、もう一つ、それはまだ知らない神を示すのである。日本社会には、そこまでの宗教思想に至っていません。
 第三に、「そこで、あなたがたが知らずに拝んでいるものを、教えましょう。」といい、天地の創造者であり、歴史を貫いて支配している神を紹介し、悔い改めを迫ったのである。見えない神がイエス・キリストとして世界をさばくことを伝道します。
心の信を置くところを見失っている日本人への宣教をこうして近づき方で語るものでありたい。

主題 <マケドニヤの叫び>

聖書箇所 使徒の働き 16章    (2011年9月10日)

今日のみことば「ある夜、パウロは幻を見た。ひとりのマケドニヤ人が彼の前に立って、「マケドニヤに渡って来て、私たちを助けてください。」と懇願するのであった。」(9)

 パウロが第二次伝道旅行に出かけるとき、なぜテモテに割礼をしたのだろうか。ユダヤ人にも非難のない奉仕者として立てるためではないだろうか(3)。
 パウロたちはガラテヤまで来たが霊的な平安がなかったので、新しい神からの導きを受ける準備が必要だった。やがて神は幻を見せられた。<マケドニヤに渡ってきて、私たちを助けて下さい>という宣教への招きである。これから始まるヨーロッパへの宣教への道を開かれた。素晴らしい世界宣教をさらに前進させたのであり、地の果て(18)は、当時の一般的理解ではスペイン(ローマ16:)が目標である。この地の果てまでのさらなる一歩としてこの幻は大きな意味を持っている。
 マケドニヤとはギリシャの北に位置する。有名なアレキサンダー大王の出身地でもあり、ヨーロッパへの絶好の宣教の場所であった。神は私たちの教会に対しても、同様に宣教への招きを行っている。このマケドニアの叫びに耳をふさぎ、目を閉じてはならない。福音によらなければ救われることのないこの世界に、神は私たちに宣教せよとの御声を語られる。「前橋をキリストへ」との召命は、マケドニアの叫びへの応答であり、福音宣教は神の愛への服従である。

主題 <律法主義ではなく福音主義>

聖書箇所 使徒の働き 15章    (2011年9月 9日)

今日のみことば「私たちと彼らとに何の差別もつけず、彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです。」(9)

教会は、成長し、拡大をして行きました。ここで重大な教会の霊的な問題が起こってきました。6章で起こった問題とは比較にならないことです。今回は、物質的なことがらよりももっと深刻な信仰問題、霊的な問題でした。異邦人が次々と救われて、教会に加えられましたが、彼らもユダヤ人と同様に割礼を受けるべきではないか、という重要な問題だったのである。
なぜそれが深刻であったかと言えば、今でももしそれが求められていれば、洗礼を受けただけではなく、律法の行いが必要とされるのである。割礼という儀式に象徴される律法主義が新しく生まれた教会をも支配して行くこととなる。こうしてせっかく主が十字架でうち立てた恵みの福音を曲げて、再び暗黒の宗教、ユダヤ主義の教会が再現するのである。
 パウロは世界宣教の経験をもとにして、新しいキリスト教の価値観、生活を押し進めるので、これに内側から抵抗した教会内のユダヤ主義の人々との対立は、とても深刻なことでした。そしてこの時代にこそ解決されなくてはならなかったし、こうした背景から問題が出てよかったのである。
 ペテロのすすめは、異邦人も割礼がなくても救われ、聖霊を注いで下さったと語り、一同が深くうなずいたのである。このうなずきが、これからさらに世界へ羽ばたく教会の使命を果たす原動力になって行きます。私たちもまた長年の慣習、生活習慣、前例などによって、福音が前進することを妨げてしまうことがあるのではないかと考えてみたい。
イエス・キリストを信仰によって受け入れて義とされ、神の子として新生し、長い間の律法による救いとはまったく違う福音による自由に生きるのです。さらにエペソ人への手紙2章に記されています。この福音主義の信仰が、日本に根付いていくことを祈る。

主題 <みことばに聞き従う者にある恵み> 

聖書箇所 使徒の働き 14章    (2011年9月 8日)

今日のみことば「この人がパウロの話すことに耳を傾けていた。パウロは彼に目を留め、いやされる信仰があるのを見て、大声で、「自分の足で、まっすぐに立ちなさい。」と言った。すると彼は飛び上がって、歩き出した。」(9-10)
  聖霊のみわざは、人に関係なく働くのではなく、その人に信仰が見られるかどうかが重要な鍵となる。パウロが神の言葉を話していると、そこに生まれつき足のきかない人がいた。まさに問題を手にして生まれてきたような人である。そしてこれからもそういう生活を送るであろう人である。
 しかし、パウロの語る神の言葉に聞き入っていたこの人は、<この自分でも主の恵みを受けられる>と確信しつつ聞き入っていたのである。話すことに耳を傾けていた、という態度が決定的な力を経験する機会を生み出したのである。
 神の力は、神の一方的な働きかけだけではなく、人間の側の応答が重要なのである。この応答は、神の言葉を聞くうちに心の内に、そして霊魂のうちに生み出されてくる信仰である。人にはできないが、神にはできる、という確信が生まれる、いや与えられるのである。このように信仰は神の賜物でもある。神がその人に与えて下さる恩寵としてはっきりと知ることとなる。
 だが、またこの信仰は御言葉を誠実に聞く、全能なる神の神の力として聞き始めるときに起こるので、私たちの方からの求道心、渇きを持つことが重要なのです。たしかに、信仰が神からの賜物に違いない。だからといって、自然に上から与えられるものではない。求道する、熱心に悔い改め、熱心に飢え、渇きがなくてはなりません。パウロの話すことに耳を傾けていたからです。
こうして神と人との協同の働き、これが神の奇跡となって現される。聖霊によるクリスチャンの聖化のみわざがなされる。神と人間の一体化よって救いも聖化も栄光への恵みも達成されてくる。

主題 <世界宣教のための働き人を派遣する> 

聖書箇所 使徒の働き 13章    (2011年9月 7日)

今日のみことば「彼らが主を礼拝し、断食をしていると、聖霊が、「バルナバとサウロをわたしのために聖別して、わたしが召した任務につかせなさい。」と言われた。」 (2)

 神は、神の計画があり、神の方法で世界宣教を成し遂げられる。使徒の働きに見られる壮大なスケールを読み取れるのです。
それは彼らが礼拝をささげているときに始まったのであった。礼拝とは神を神とし、人間を人間と認めるとき、神が持たれる世界大の宣教計画を祈る人々に打ち明けて下さるのである。
 アンテオケにはいろいろの人物が一つとなっていた。国王の親族、ニゲルすなわち黒人の牧師、バルナバのような霊的な人、クレネからクリスチャンになった人、サウロのような回心者などが一体となっていた。主をかしらと位置づけるなら、みなそのしもべであって、だから一つとなれるのである。
 神は彼らの祈りにこたえて、バルナバとパウロを宣教に派遣された。アンテオケ教会にとって最も重要で有能な器であった。私たちは自分たちの教会から大切な器を送り出すときに喜べるだろうか。また教会から送られることを喜べるだろうか。
 私たちは主が命じられたような祈りをしてきただろうか(ルカの福音書10:2)。思いがけない方法で神が導かれるときに、喜んで従っていけるだろうか。
 神は、宣教のために重要な地の利のある、場所と人物の所に遣わされた(4-12)。キプロスは中東の非常に重要な島であり、地方総督セルギオ・パウロはその島の重要人物だった。
 神は聖霊の力を与えて、バルナバとパウロを遣わされた。彼らは①聖霊に遣わされただけではなく(4)、②聖霊に満たされた(9)、③聖霊によってまっすぐに福音を語ったのである(10)。私たちは絶えず、聖霊の助けをこのように求めることができる(ルカ11:13)。

前橋教会から三組の宣教師を送っている。日本にいても、「膝の宣教師」として祈りをもって同じ働きをしているのです。

主題 <神の守りを信じて進もう> 

聖書箇所 使徒の働き 12章    (2011年9月 6日)

今日のみことば「そのころ、ヘロデ王は、教会の中のある人々を苦しめようとして、その手を伸ばし、ヨハネの兄弟ヤコブを剣で殺した。」(1-2)

 ヘロデへの恐ろしいまでの怒りと王がさばかれたことが見られる。この時のヘロデとは、主が誕生したときベツレヘムの幼児を虐殺したヘロデ大王の孫にあたり、バプテスマのヨハネを殺害したヘロデ王の甥に当たる。彼は頑迷な王であり、それだからこそ人々にもてはやされることを好んだのである(3)。ところが、迫害し、教会を抹殺しようとしたヘロデは自己の栄光を求めて打たれるのです(30-33)。
 教会に対する最初の攻撃により、使徒ヤコブの首が切られた。これまでのキリストのために生きて、名を知られていないが、たくさんの殉教者たちが存在しているのである。神は真実な犠牲を知っておられる(詩篇116:15)。なお、このヤコブはヤコブの手紙の著者ではない(ヤコブ書は、イエスさまの弟といわれる)。
 ヘロデは今度、教会の中心人物のペテロを投獄し、過越の祭りの後で、殺害しようとしていた。しかし、神を無視した計画は決して成功しない。どれほど人々の気に入り、みんなが喜んでいるように見えても、神の審判が彼の上に降ることとなる。
 ここには、ペテロの素晴らしい救いの情景がはっきりと見て取れる。主にとっては、鉄格子も鎖も、厳重な兵士も無力なのである。ペテロは、明日は処刑という前夜にもかかわらず、ぐっすりと眠ることができた。安眠の秘訣は何だろうか。生きるも死ぬも神の御旨の中でゆだねることです。
 さて、敵は綿密な計画により、しかも絶対的な権力を持ってすれば国民を自由に操作できると考えていた。ヘロデの計画はうまくいっていた。だが神はペテロを獄から出したばかりか、王ヘロデが小さな虫にかまれて即死して行くのである。神は生きておられる。人間が手を下さない方がいい。神がその民を危険から守れるのである。今日も神を信じて進んで行こう。

主題 <神のなさることを信仰を持って受け入れる> 

聖書箇所 使徒の働き 11章    (2011年9月 5日)

今日のみことば「人々はこれを聞いて沈黙し、「それでは、神は、いのちに至る悔い改めを異邦人にもお与えになったのだ。」と言って、神をほめたたえた。」(18)

 神さまが異邦人をも受け入れて救いをお与えになられた、ということを理解するのには弟子たちやクリスチャンにとってさえ、とても手間がかかったのである。18節には、使徒団のトップのペテロが自分の体験を懇切ていねいに話しているが、なかなかそれを受け入れられない。ここに人間の先入観、できあがった生き方を変えることの難しさを見る。
 最後的に、人々がこれを聞いて沈黙したことが書かれている。聖霊を異邦人にも与えて下さった、自分たちと同じ賜物を彼らにも注がれたのだと知って、神をほめたたえるまでになった。
 ここには二つの分かれ道があったように思えます。ペテロといえども異邦人を信仰に導いたのはよくないといって否定するような空気でさえあった。もし、ここで異邦人が救われることを確認できなかったら、その後のキリスト教の歴史が全く変わり、キリスト教が世界の宗教になり得なかったのである。神が異邦人にも福音の門戸を開き、働かれたことをはっきりと信じたときから、自分たちの方が間違いだったと悟った。だからその兄弟たちの救いを本当に喜べたし、神をあがめられたのである。
 きわどい経験であったが、考えてみると私たちも同様な瀬戸際を通過させられることがある。人間的な経験、伝統、そういう形式的な事柄から抜け出せないで、結局狭い殻の中に閉じこもり、自分をよしとして来なかったか。もっと心を開いて、神の働きを受け入れる余裕が大切なのだと思う。
神がなさることに信仰を持って受け入れるときから、神への賛美が始まるのである。

主題 <異邦人への宣教> 

聖書箇所 使徒の働き 10章    (2011年9月 4日)

今日のみことば「彼は、御使いを見つめていると、恐ろしくなって、「主よ。何でしょうか。」と答えた。すると御使いはこう言った。「あなたの祈りと施しは神の前に立ち上って、覚えられています。」(4)

 異邦人からの最初の改宗者コルネリオが記録されている。神は9章ではサウロ(パウロ)とアナニヤとを会わせるように導かれたが、今日はコルネリオとペテロの出会いを準備された。ちょうど、トンネルの工事を山を挟んで反対側から出発して出会うようなことである。
 コルネリオは百人隊長で先鋭なローマ軍の責任者でもある。百人の部下がいるはずだが、たいていは六十人くらいの部下を持っている。新約聖書で登場する百人隊長はみな信仰的に優れた存在となっている。 
 彼は、異教徒として成長したが、ユダヤ教に属し、信心深い人ではあった。そして彼の配慮は、神の前に覚えられていたのである。彼の祈りと施しは神の前に立ち上っていたのである。神はこのような人に福音を知らせたいと思われたのである。福音を聞く方法をコルネリオに語られた。私たちもまた、ほかの宗教を信じているよい人を尊ぶ必要がある。
 彼らこそ、真理を心から求めているからである。その長年求めてきたものがキリストにあることを見いだす助けを私たちがするのである。ユダヤ人だけではなく、異邦人もまた福音によって救いに入れられることを信じて福音を伝えなくてはならない。
 私たちはこうした人物もまた神によって救われることを深く確信することが絶対に必要である。ユダヤ人同様に神が受け入れて下さること、愛しておられることを確信して祈り、福音を語らなくてはならない。
エペソ人への手紙2;11-13において、実にはっきりと教えていることを学ぶことが大事である。こうして未伝道地へ福音を伝えに出て行く準備ができるのである。

主題 <選びの器>

聖書箇所 使徒の働き 9章     (2011年9月 3日)

今日のみことば「彼が、「主よ。あなたはどなたですか。」と言うと、お答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。」(5)

この章は、キリスト教会にとって決定的な役割を果たすパウロの回心の出来事が記されている。パウロの回心以前の名前サウロは、イスラエルでは有名な名前であり、イスラエル初代の国王の名前でもある。しかも、彼は律法に通じ、当時の最高学府でガマリエル門下生として名をはせたのである。
 彼は、キリスト教が神の教えに反すると確信し、撲滅しようと立ち上がった。8章の教会迫害の責任者となり、先頭に立ち、あの七人の一人ステパノの殉教させたのです。こうして、教会を抹殺することを使命としたので、ユダヤ国内だけではなく、国外にも手を伸ばし、ついにユダヤの北、遠いダマスコにまで出かけて行く。後に弟子テモテに、罪人の中で最大の人間だと語っている(第一テモテ1;15)。
 ところが、そこに待っていたのはクリスチャンではなく、キリストご自身であられた。主がこのような迫害者に対して取り扱う方法がありました。それは迫害者が真理や神の命じることならどんなことでもできる性格を持っていることである。このような姿勢を持つ人物をこそ、主が選ばれたのである。彼が復活のキリストに出会って最初に言った言葉が「主よ。あなたはどなたですか。」という質問であった。
 彼は長い間、ユダヤの伝統や宗教、儀式に通じていても、ほんとうの自分の生涯をかけられる主を知らなかった。いうなれば真剣な求道者であった。この人の真心をほかならぬ主が知っておられた。そして道を求めていたサウロを選び分けた。だが彼の前途には、困難な生涯が待ち受けている。主の御名のためにどんなに苦しまなければならないかを予告している(16)。
 パウロは特別な選びの器であり、特別な使命を授けられていました。しかし、私たちもまた同様な選びの器であって、特別な使命があることをどこまで自覚し、受け入れるべきだろう。「わたしは、イエスである」と今日、主の方から近づいてくださるのです。

主題 <聖霊に満たされた導き手> 

聖書箇所 使徒の働き 8章     (2011年9月 2日)

今日のみことば「すると、その人は、「導く人がなければ、どうしてわかりましょう。」と言った。そして馬車に乗っていっしょにすわるように、ピリポに頼んだ。」(31)
あの七人のもう一人がピリポである。彼もまた素晴らしい福音に生きた人物だった。彼は熱心な活躍をし、神の福音をあのサマリヤの地に満たし、さげすみの地とユダヤ人が考えていた地にリバイバルが起こったのである。サマリヤとは、ユダヤ人とは近い民族であった。かつてバビロン捕囚の時に残ったイスラエル人が現地の人々と雑婚したのです。このため一層、堕落したと考え、イスラエル人は敵対していた民族であった。しかし、主もあえて行かれたことがある(ヨハネの福音書四章)が、その後にはピリポを遣わされたのである。
 そこでは、町の有力者でさえあった魔術師を職業としていたシモンさえ救われたのである。後に、使徒たちが巡回し、そこにリバイバルされた宣教のみわざに神の御名をあがめた。
 ところが主は、このピリポを成功した宣教の場から、荒野のガザに行けと命じられた。ガザはイスラエルから南にあるエジプトへの通路であった。ここで、エチオピアの高官の救いのために用いられることとなる。大きなみわざがなされたサマリヤから、人の住まないような荒れ果てたガザが主に仕える場所となったのである。ピリポは、主の導きとあれば何の不満や戸惑いもなく、どこへでも出かけたクリスチャンの模範である。
 ところで、ここに熱心な求道者がいた。まことに高価な聖書を購入して読んでいた。しかし、導く人がいなくてはわからいのである。あなたもかつては、聖書を読んだだけで神がわかり、祈りをささげたのではないと思います。きっと、あなたの信仰を助ける人がおり、それが信仰の先輩であったり、教会の牧師であったでしょう。
 ピリポはこうして、主の御霊の導かれるままに、従ったときに、そこに大切な器が彼を待っていたのである。そして一緒に高価な馬車に乗り込み、聖書からイエス・キリストを語り、信仰に導き、そして洗礼にまで導くこととなる。彼はアフリカの最初の受洗者となったのであり、その後のアフリカはキリスト教の一つの宣教の拠点にさえなって行く。